全ての始まり
――そこはまるで、地獄絵図のようだった。建物は倒壊し、その下敷きとなった者が助けを求めるため伸ばしたであろう手は、まるでその者の墓碑のようになっている。
そこかしこで火の手が上がり、逃げ遅れた者たちの死体を焼き続ける。
最初は悲鳴などが響いていたが、今は炎が爆ぜる音と『何か』の鳴き声らしき轟音しか聞こえない。
どうしてこうなってしまったのか、その場にいる者たちは全く分からなかった。村の南で『何か』が暴れ始めたと聞いた次の瞬間には人は襲われたのだ。
どうする事も出来ない者たちは皆、その『何か』によって殺されていく。
事件などには無縁だった村が、一夜にして消え失せたのだった。
夜が明け、村に上がっていた炎が殆ど消えた頃。村の隅にあった瓦礫の山が崩れ、中から一人の子供が這い出てきた。全身煤で汚れ、頭からは血が流れている。
子供の親が身を挺して守ってくれたお陰で、頭以外の怪我はしていないようだった。
瓦礫の山を振り返って暫くの間それを見つめた後、子供は覚束ない足取りで村であった場所を歩き始めた。虚ろな目で村のあちらこちらを徘徊する。
瓦礫に埋もれた人
――炎で焼かれた人
――まるで獣に喰われたかのような痕があった人
――全て子供が知っている顔だった。
子供が掠れる声でかけても、体を揺すっても、起きる事もなければ、いつもの様に笑いかけてくれる事もなかった。
かつての村を全て回ったが、生きている人は子供以外居ない。子供はたった一夜にして、全てを失ってしまったのだ。
もう誰もいない事を知った子供は、ここで初めて涙を流した。親が埋もれている瓦礫の山に寄り添い、声を上げずに泣き続けた。
もし声を上げて泣いてしまったら、昨日のあの化け物が出てくるかもしれない。そんな恐怖から、声を上げる事はできなかった。
日が傾き始めた頃、泣き疲れて眠ってしまった子供が目を覚ました。
目を擦って辺りを見回しても、村の様子は朝の時と変わっていない。これが紛れもない現実であり、事実である。
子供は瓦礫の中で小さい破片を集めると、それを瓦礫の前に積み始めた。力の弱い子供が唯一出来る事
――それは墓碑がわりを作る事だった。
自分の事を良くしてくれた村の人たちに贈る唯一の手向け、それが小さな小さな墓碑。
もう動く事のない村の人の前に座ると、感謝の気持ちを込めながら破片を積む。瓦礫の山を退かす事が出来ない事を謝りながら破片を積む。
全ての村人に墓碑を作り終えた頃には、太陽はすっかり山に隠れようとしていた。
そして太陽の光が消え、月の青白い光と星の光が地上を照らす頃、子供は村を後にした。
心に、ある決意を秘めながら
――。
2008/09/26-2008/09/26