訳ありコンビ
 崩壊が続く街の中を二人の青年が走っていた。
 栗色の髪を持つ青年は、二丁の銃を握りながら辺りを見回す事もせず走り続ける。淡い水色の髪を持つ青年も、同じく辺りを見回す事はしていないが、 肩に担いだ大剣をいつでも振れる状態で握り、警戒はしている。  時々、街中で響く轟音を聞き流しながら走り続けていた二人だったが、大剣を持った青年が、ユート、と低く呟く。 ユートと呼ばれた青年が足を止めた瞬間、数メートル離れた地面が盛り上がり、『何か』が一体飛び出した。

「うーん……気配感じなかったんだけど。シルバは感じたの?」
――隠しきれてなかったからな。あれだけ出していれば直ぐ分かる」
「えー、僕は分かんなかったよ?」
「……インテリには分から――ッ!」

 シルバと呼ばれた青年は言葉を最後まで話す事をせず、ユートを横に突き飛ばして自身も後ずさる。今まで二人が立っていた所には、鋭利な槍が幾つも地面から生えていた。 もし一瞬でも避けるのが遅かったら、おそらく二人は串刺しになっていただろう。気配を感じられなかった事に驚きながらも、シルバは体勢を立て直した。 棒が地面に戻るのと同時に、道端に出来ていた瓦礫の山から幾数もの槍がシルバを襲う。
 肩に担いだままだった大剣でそれを薙いでしのぐと、こちらに向かって移動してくる巨大なアメーバ状の『何か』へ走った。
 その時に視線をユートの方へ向けたが、ユートは地面に倒れたまま動かない。どうやらシルバに突き飛ばされた際、ちゃんと受身を取る事が出来なかったようだ。 証拠として、絶対に手放してはいけない得物を手放したままだった。『何か』を狩る者として得物を手放す事は、それ即ち死を意味する。
 起き上がりそうにないユートを見てシルバは小さく舌打ちをすると、右足を軸にして身体を思い切り振りかぶるようにして捻る。 アメーバがシルバに突っ込むのとほぼ同時で、大剣によって一文字に斬られた。捻る動きと大剣の重さから生まれる遠心力によって増幅された破壊力はかなりのものだったらしく、 アメーバは体液を撒き散らしながら崩れ落ちた。体液はまるでスコールのように、ユートが倒れている一帯を濡らしていった。

 手こずることなく一体は片付けたが、まだ鋭利な棒を地面や瓦礫から生やしてくる『何か』が残っている。
 シルバがアメーバを倒した事を感じ取ったのか、槍を生やす『何か』は攻撃を仕掛ける事を止め、すっかり形(なり)を潜めてしまった。 気配はアメーバよりも薄いらしく、シルバもそれを感じ取るのは困難そうだった。
 顔を顰めながら、先程よりも大きな舌打ちをすると、大剣を肩に担いでユートの方へ近づいて行った。そして自分の気配を消すと、近くに落ちているユートの銃を音もなく拾い、 アメーバが出てきた事によって出来た穴の付近に向かって銃を撃った。
 四発ほど撃ち続けると、弾痕から亀裂が出来て穴が広がる。
 その時、今までより一際濃い気配を感じた。シルバはその気配に向かって地面を蹴り、通常の人間より数倍の高さで跳躍する。 大剣の切っ先を穴へ向け鍔(ガード)に両足を乗せると、そのまま自分の体重を思い切りかけた。体重をかけるのに合わせて、自分の体重も瞬間的に増やす。 それによって宙に浮いていた身体は、一気に重力によって地面へ向かって落ちていく。
 耳障りな鳴き声と共に、初めに生えた時よりも倍太くなった槍が十数本も穴から落ちてくるシルバに向かっていた。 だが、シルバはそれを避けようともせずに、そのまま落下を続ける。
 落下の勢いが最高になったところで、大剣の切っ先が『何か』の本体に触れた。本体を切り裂く感触を感じたシルバは腕に力を込め、『何か』を地面に縫いつけたのだった。
 大剣によって地面へ縫いつけられてしまった『何か』は、暫くの間硬度の無くなった槍を動かしていたが、やがて動く事を止めた。 動かなくなった事を確認してからシルバは大剣から下りると、片方の腕だけで軽々しく抜き取りまた肩に担いだ。そして人間ではよじ登らなければ出られないような穴の深さからこれまた軽く跳躍して出た後、真っ直ぐユートの方へ 歩いていく。ユートのすぐ側で歩みを止めじっと立ったが、全く反応が無くピクリとも動かなかった。
 シルバはその様子に不愉快そうに鼻を鳴らすと、横たわる腹へ向かって軽くつま先で蹴りを入れた。

「いッ――……何するんだ、シルバ。僕は怪我人なんだ。ただでさえ君の蹴りは、常人よりはるかに重くダメージがデカいんだぞ」
「……お前、軽く受身を取ってダメージ軽減したくせに気絶した『ふり』をしただろ。バレてるぞ、最初っから」
「だって……残り二体だってのが分かってるんだったら、シルバ君に任せても良いと僕は思うんだよね。その方が弾の節約になるじゃない? そしてそれがゆくゆくはシルバのご飯になるんだよ?」
「言っとくがその手には乗らねーぞ。ただ単に面倒だっただけだろ」
「疑り深いねー、シルバ君は。そんなんじゃあ、女の子にモテないぞ」
「別にモテなくてもいい。第一、女は筋力などが男よりはるかに劣っている。そんなののどこが良いんだ?」
「分かってないねー、全く持って分かってない。女の子はね、僕ら男に持ってないものが沢山あるんだよ? それに、女の子が筋力が男より無いのは当たり前だ。まず、女の子は筋力の量自体が――
「そんな話を聞く気はない。とっとと起きろ」

 ユートは寝転がったままシルバと喋っていたのだが、不機嫌そうに棘の感じる言葉を受けて、仰向けになってから軽く反動をつけて立ち上がった。自分の身体に怪我をしているところが無いか丹念に調べた後、背中や頭に被った 『何か』のべたつく体液に触れて嫌そうな表情をした。

「……お前、ワザと僕にアンゲルの体液がかかるように切っただろ。あのアメーバ状のアンゲル。あいつの体液が一番粘着質なの知ってるくせに」
「気絶しているふりをして働かないお前が悪い。それは働かなかった代償だ」

 はっきりそう言い切ると、シルバは肩に担いでいた大剣を近くの地面に突き刺し、ポケットを探り始めた。ユートは何か拭う物でも出してくれているのかと思い、両手を出して笑顔を浮かべながら待つ。 シルバは目的のものを掴んだらしく、手をポケットから引き出したが、それは期待していたものとは違い、ポケットから出てきたものは大人が軽く三人は入れそうな薄汚れた布袋だった。
 布袋を上下に振り、空気を送って中を膨らませた後、初めて自分に突き出されたユートの両手に気づいた。
 シルバが怪訝そうにその手を見つめ、ユートもまた機嫌が悪そうにシルバを睨む。 しかし、シルバは何も反応を起こすことなく踵を返し、槍を地面などから生えさせた『何か』――もといアンゲルが転がっている穴へ降りていった。

「……反応してよ。寂しいじゃん」
「……何で両手を突き出してるんだ? 東洋の妖怪か。本で見たことがある」
「あれは手の突き出し方が微妙に違うよ。この両手は何か拭う物でも出してくれるのかと思って、受け取ろうと出してたの」
「俺に退治を任せてサボった奴に、何で気を利かせるようなことをするんだよ。――ほらよ」
「うわっ!? ちょ、コアは放るなって言ってるだろ! これが無いと国営所に行っても、報奨金が貰え」
「ピュルルルルルルルイィッ!!」
「リューグが来たみたいだな」

 アンゲルの残骸を適当に拾い上げ次々と袋に入れながらシルバが呟いた。ユートが空を見上げると、巨大な竜鳥が優雅に空を飛びながら二人の方へ向かってきていた。そして一メートルほど手前に着地をすると、近くに転がっていた 四足の獣のような姿のアンゲルの残骸に近づき、嬉しそうに鳴き声を上げながら突き始める。
 それを見たユートは慌てて竜鳥の方へ走りより、残骸を漁ってまるで宝石のような破片を拾う。だが、竜鳥が邪魔をするようで、中々破片を拾い集めることが出来なかった。
 ユートが竜鳥に向かって怒鳴る声を背中で聞きながら、シルバは口を弧の形にし、若干嬉しそうに残骸拾いに勤しんだのだった。
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