訳ありコンビ
――それじゃあ、今から国営所に行ってくるよ」
「……何で不貞腐れながら言うんだ?」
「何処かの誰かさんがすっごく手伝ってくれたお陰で、予定より二十分以上もコアの回収が遅くなりました」
「それ、俺のせいじゃないだろ」

 破壊されていない道路にある、やや大きめな溝へアンゲルの残骸を落としながら、極めて冷静にシルバは言った。その態度に不満があるのか、ユートは顔を顰める。子どもじみた反応をするパートナーにやや呆れを感じながらも、そのことは態度や表情には一切出さず、尻ポケットから出したまっさらな布袋を広げた。
 袋を出してくれたお礼を言うことなく、そこへ未だ不貞腐れた雰囲気を出しながらコアと呼ばれる宝石のような珠の破片を入れていく。シルバの態度にはむくれているが、そのことを今持っている物にまではあたろうとはしなかった。
 シルバも別段話すこともなく、袋へコアが詰められていく様子をじっと見ていたが、あることに気づきユートへ声をかけた。

「なあ。今回のアンゲルは大型のものが多かったのに、何でコアの破片は小さいんだ? コアはアンゲルにとっては生物の『心臓』にあたる部分だから、壊さないと意味はないが、俺はここまで小さく砕いた覚えはないぞ」
「……何処かの誰かさんがリューグを止めて下さらなかったので、元々は十五センチ程の大きさのコアが三分の一程度にまで嘴で砕かれてしまいました。だ・れ・か・さ・ん・の・お・か・げ・で!」
「………………」

 余程その事に苛立ちや恨みがあるのか、最後の一言を一文字ずつ区切りながら強調して言う。その迫力にシルバは謝ることも出来ず、ただ黙り込むしかなかった。

 このコアはアンゲルハンター、つまりアンゲルを狩ってそれを生業(なりわい)とする者にとっては宝石以上の価値を持つ。
 アンゲルハンターには「フリー」と「国就き(くにつき)」の二種類存在する。「フリー」というのはその名の通り、どこへも属することなく自分の好きな時にアンゲルを狩る者を指す。「国就き」というのは、「フリー」とは逆にギルドや国が運営、管理するセンターへ登録しその登録場所、区域のみに現れたアンゲルを狩る者を指す。
 この二種にはそれぞれメリット、デメリットがあり、「フリー」は自由に移動、行動出来るが衣食住は一切国から保障されておらず、例えアンゲルに殺されたとしても何も出ない。しかし、「国就き」にはそれら全てが保障されており、アンゲルに殺されても家族の生活は保障してくれる。だが、登録区域外へは出ることが出来ず、一生そこへ暮らし続けなければならない。その結果、「フリー」は主に妻子などが居ない独り者が、「国就き」は妻子や親を養わなければならない者が多い。
 二種はかなり違うものと思われがちだが、二つ共通している所があり、一つ目はハンターになるためには国からライセンスを貰わなければならないこと。誰も彼もがハンターとして名乗りを上げることは出来ないのだ。二つ目は、アンゲルを狩った時には、その証拠として生物にとっては心臓にあたる「コア」を国営所へ持っていかなければならないこと。そのコアからアンゲルのサイズを調べ、サイズに見合った報奨金がハンターへ送られるのだ。
 次にコアの重要性だが、アンゲルが街を襲撃した時、サイレンが街中に響き渡りそこの近辺の住人たちは全て国営所へ避難する。街に残るのは街を破壊するアンゲルと、それを狩るハンターだけである。国の人間も居らず、このままではアンゲルを一体も狩っていないのに、アンゲルを狩ったと言って報奨金を貰い受けようとする輩が出るかもしれない。そんなことになっては、国はかなりの被害を被(こうむ)ってしまう。
 そこでコアが必要となる。先にも述べたが、コアはアンゲルにとっての心臓、つまり生命を維持する根幹だ。コアを破壊するのは容易いことではなく、凶暴性が非常に高いのもそうなのだが、アンゲルによってはダミーのコアを持っている種類もいる。もしダミーを持つアンゲルに出くわしてしまうと、素人目にはどれが本物のコアなのか判別はできない。
 そしてコアが証拠たるものになるのはもう一つ理由があり、それはそのコアが全生物からは出てくることがない未知なる生命体などで出来ているからである。これは今現在研究所で研究されているのだが、未だにその物体が何のなのか発見できていない。つまり、贋物を用意しても無意味なのだ。アンゲルからだけ採ることの出来るものがコアなのである。
 コアを国営所へ持っていくと、研究者がコアのサイズを測りそこからアンゲルのサイズを特定する。だが、コアは無傷のままの状態――珠の状態で取り出すことは現段階では不可能。そこで、一番大きな破片からサイズを特定していく。しかしその特定方法には一つ欠陥があり、破片が細かく砕かれている状態になると「判別不能」となり、データバンクに在るアンゲルの最小サイズに特定されてしまう。そうなってしまうと仮に最大級のアンゲルを狩ったとしても、コアが小さいものになってしまえば、全て最小サイズの報奨金しか貰えないのだ。
 ハンターとしてはコアは、なるべく破壊したくないもの。自然と扱いもかなり丁重なものになるのだが、リューグはそんなことは知る由もない。リューグにとってアンゲルは食料であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。つまり、コアもリューグにとっては食料である。
 苦労してコアを大きく残したとしても、それをリューグが片っ端から砕いていってしまえば元も子もない。その上、出会いはユートの方が先なのにも関わらず、リューグはユートのいうことよりも、シルバのいうことの方を優先して聞く。ヒエラルキーの中では、ユートはシルバより下の存在だった。

「シルバがたった一言、食うのは僕の仕事が終わってから、って言えばここまで砕かれずに済んだのに……なんで出し惜しみみたいなことをするかな」
「……ごめん」
「僕は別に元インドアですから、ご飯の量が減っても構いませんけど。でも、君にとっては食事は最重要項目ですよねー?」
「……ごめん」
「まあ別に。このことについて罪悪感を感じるならさ、四ヶ月も拒否し続けてる定期診断を受けてくれればいいんだけどねー?」
「……ごめん。それ、受けるから……」
「ついでにさ、慢性肩こりを持つ僕の肩を揉んでくれればいいんだけどねー?」
「そうか。分かった。俺の全身全霊の力で揉んでやろう」
「……僕を殺す気? シルバの本気って、指だけで十五センチの幅もある鋼鉄を粉砕する程の力を持ってるんだけど。骨なんて砂で固めたようなものじゃん」
「ユートが調子に乗るからだろ。……まあ、いつも世話になってるから、弱めに揉んではやるけど」
「シルバ君は本当に優しいね。父さん、そんな風に育って嬉しいよ」
「早く国営所に行けよ。そろそろ閉まるぞ」
「言われなくても分かってるって! シルバこそ、早く溝にアンゲルの残骸を落とさないと、リューグが片っ端から掘り返すぞ!」

 それをやられたのはユートだろうが、という本音は心へ仕舞い、分かったから早く行けと促す。空は大分日が傾き、今や山の向こうへ沈もうとしていた。
 シルバの態度に少し面白くなかったのか、これもまた子どもじみたように唇を尖らせながら、ユートは国営所へと向かう。ユートが被ったアンゲルの臭いに釣られ、追いかけようとするリューグへたしなめの声をかけ、シルバはアンゲルの残骸処理の続きに取り掛かった。
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