訳ありコンビ
外が明るくなり始めた頃、耳に付く電子音が寝室内に鳴り響く。だが、ベッドで眠っている青年
――ユートは、ピクリとも動くことなく眠り続けている。一定回数なった後、電子音は鳴り止み辺りはまた静寂に包まれた。
それから程なくして、微かに空気が漏れる音がすると、ポッドの蓋が少しずつ開き始めた。ポッドの中で眠っていた青年
――シルバが目を覚まし、内側からロックを外したのだ。元々、ユートがそのように改良したものであり、本来なら何かあった時のために付けられた機能だ。しかし実際には、全く起きる気配がなく、ポッドから出して貰えそうにないと判断したシルバが、さっさと出るために使われている状態であった。
シルバは蓋を勢い良く押し上げると、ポッドの縁にもたれかかり酷く咳き込む。生体ジェルが気管の中にまで満たされていた状態であったため、咳き込んで吐き出しておかないと呼吸が満足にできない状態だった。咳き込みながら向かいのベッドへ視線を向けると、ユートは少し身じろぎをしたが起きる気配は全く感じられない。その様子に、なんとも言いようのない感情を募らせたシルバだったが、一言も言葉を発せそうに無かった。
十分ほどして、ようやく一息つける状態になった頃、シルバは緩慢な動きでポッドからずり落ちるようにして出た。二つのベッドの間にある文机に置いた時計へ目を向けると、およそ八時間ほどポッドの中にいたようだった。ポッドの中へ誰かが入ると同時にジェル内へ噴出されている睡眠導入剤がまだ抜けきっていないのか、シルバは八時間ほど経ったという事実以外に考えることができず、ただ時計を見つめるだけである。だが、生体ジェルが体にまとわりついて気持ち悪い、という感覚はあったので、ユートを起こさないよう気をつけながら覚束ない足取りで風呂場へ向かった。
脱衣所には、シルバが風呂へ入るのを見越してか、バスタオルと着替えが既に用意されていた。ユートの心遣いにうっすらと感謝の気持ちを浮かべながら、シルバは浴室へ入りシャワーを頭から浴びる。ある程度生体ジェルが落ちたのを確認すると、湯船にシャワーヘッド入れ、自分もその中に座った。力が抜けたかのようにだらしなくもたれ掛かり、シルバは雨の音にも似た水音を聞いていた。
実はシルバにとって、この診断後の入浴、というのが苦手であった。嫌いと言ってもいいほどである。薬のせいか普段のようにうまく考えられる状態にないため、余計なことを考えてしまうからだった。その余計なこととは、もしユートが捕まったら自分はどうなるのか、や、もし逆に自分が先に捕まったらユートはどうなるのか、アンゲルが絶滅した後自分はお払い箱になってしまうのか、など、人によっては酷く滑稽に思われるかもしれない内容である。しかし、シルバにとっては真剣に悩んでいるものだった。普段は全く表に出てこなければ、出そうともしない悩みであるが、こういう時になると爆発的に思い起こされ増え続けていく。一人だと不安に押しつぶされそうになっていくので、シルバはこの時間が嫌だった。
不安なことを考えないよう、意識を他に移そうと考えていると、ふと、自分が研究所から連れ出されて、既に一年以上経過していることに気がついた。ユートと初めて出会ってからは三年近くになる。湯船がお湯で満たされていくのを感じながら、シルバ自身の心にもある感情が満たされていくのを感じていた。
「シルバくーん、いつまでお風呂に入ってるのかなー? いい加減出てこないと、体がお湯でふやけちゃうよー」
「ああ……今出る……」
軽くドアをノックする音と、妙に間延びしたユートの声によって、シルバは目を覚ました。どうやら、湯船にお湯が溜まるのを待っている間に眠ってしまったらしい。
いつの間にか湯を吐き出すのを止めているシャワーヘッドを元へ戻し、体がふらつくのを抑えながら浴室の扉を開けた。開けた瞬間、バスタオルを両手で持ち、満面な笑みで出迎えるユートを見て、シルバは一瞬たじろぐ。しかし、ユートはそんなことには構いもせず、満面な笑みのままだった。
「風呂場で眠るなんて珍しいね。いつもだったら、どんなに眠くてもベッドでしか眠ろうとしないのに。今度からはここをシルバの寝床にしちゃう? 何回声を掛けても返事がなかったから」
「冗談抜かせ、薬が抜けきっていないから眠っただけだ。いつもなら、ユートが声をかける前に、俺の方からかけてる」
「ん? 薬抜けきってなかった? 薬の量、間違えたのか……」
シルバの言葉を受けて、ユートはバスタオルを渡すことも忘れ、思考の海に沈み始める。一度この状態になると、声をかけても反応がないことを十二分に知っているシルバはため息をついた後、バスタオルを半ば奪い取るように取り体を拭き始めた。思うように体が動かず苛立ちながら拭いていると、髪を軽く引っ張られる感覚に気づいた。壁にかけられている鏡へ視線を向けると、思考の海から帰ってきたユートがもう一枚のバスタオルで髪を拭いていたのだった。
お互い何も口を開く事なく体と髪を拭いていたが、ふと、シルバが何かを思い出した素振りを見せた。