訳ありコンビ
銃の整備に手間取り、ようやく終わりが見えた頃、ユートに食事が出来上がったと呼ばれた。
手入れが終わり部屋を出ると、香ばしい匂いがシルバの鼻腔を刺激する。胃が活発になるのを感じながら席に着くと、テーブルの上には所狭しと数々の料理が並んでいた。
その料理の多さは半端なく、大の男が五人ほど居ても食べきれるかどうかという量であった。
しかしそれ位の量が無ければシルバの食欲を満たすなど、到底無理な行為である。
毎度の事ながら、ユートは本当に良く動くと常々シルバは考えていた。自分で料理をやるのもいいのだが、どうにも力加減が苦手だった。
シルバがアジトへ住み初めの頃はドアを開けるたびにノブを破壊し、一歩前へ進もうとすれば床をぶち抜く有様。一年ほど経って、一人で何人前もの料理を作るユートを見て、手伝おうとした結果、野菜を真っ二つにするどころかまな板を易々と切り捨て、キッチン自体を真っ二つにしたことはシルバの中では記憶に新しい。
その上、包丁の刃の部分は根元から折れ、柄は粉砕したというオマケ付だ。
アンゲル狩りでは、いかに素晴らしい功績を出すシルバでも、日常生活においては有害以外の何物でもない状態だった。
最近は力加減を何とか身に着けてきてはいるが、ちょっとでも気を抜くとやはりドアをぶち抜いたりしてしまうので、シルバ自身は気が気ではない。
ユートがこのことを気にしているかというと、さして気にした風はなく、文句も言わずに手馴れた様子で修理をするだけであった。シルバのことをよく知っているため、破壊行為が故意ではないということをしっかりと理解しているということもある。
余計な手間や仕事を増やさないため、席について大人しく待っていると、ユートが台所から最後の料理を盛った大皿を持ってこちらに来た。
空いているスペースギリギリに皿を置き、シルバの向かいへ座る。そして、テーブルの上に全ての品が出揃ったことを確認すると、少々遅めの夕食を始めた。
「今日はいつもより品数が多いな」
「ん? そうかな? シルバの気のせいだよ。まあ、作りすぎたかなー、と思わないわけでもないけど」
「……多いだろ」
検査を受けさせたいユートは、一つの手段として気づかれないようにこっそりと品数を増やしていたのだが、シルバには早々に気づかれていた。
ああ、やっぱり直ぐに気づかれたか、とユートは内心呟くが、表にはそういう態度はおくびにも出さない。
シルバも、品数が増えていることをしっかり把握しているが、毎度検査前になると行われる恒例行事のようなものだから、そのことに対して追求しようとはしなかった。本音を言うと、少しでも多く食べられるので寧ろ楽しみにしている節があった。
話すことがなくなった二人は黙々と食べ続ける。まだ食事を始めて十分と経っていないのだが、既にシルバの取り分は殆ど空になりつつある。
ユートは昔に比べてかなり食すようになり、食す速さも速くなったのだが、それでもシルバの食す速さは平均以上であった。
まだ鍋にあるであろうスープ類やパンを取りにシルバは席を立つ。最近、皿の脆さをちゃんと理解したシルバは、おかわりくらいは自分でやる、とユートに宣言していた。
未だ力加減に心配が消えたわけではないのだが、漸く自分の意見を言うことが出来るようになったのだ、とユートはさながらどんどん自立していく我が子を見て居るような心境で考え、それを阻むようなことは一切しなかった。
しかし、打ち消しても少なからず心配はやはりあり、皿を粉砕して怪我をしてしまわないかと不安に駆られるときがしばしばある。
「……そんなに皿を割られるのが心配か?」
「いや、寧ろ、粉砕した皿の粉を被って、シルバが怪我をするんじゃないかっていう心配のほうが強いよ」
「それはない。一応、瞬間的にだが、皮膚を硬質化することが出来るからな。俺の研究に携わってたユートなら、知ってるだろ?」
「知ってるけど、心配なものは心配だよ。硬質化できるって言われても、僕はその硬さを知らないし、それに携わったといっても、僕が関わったのは命令云々だけだよ。下っ端だったしね。それにシルバから見れば、僕は親でもあるからね!」
「……その自信と根拠がどこから生まれてくるのか気になるが、実質的には逆だろう。俺のほうがユートのことを守ってる」
「……えー、そんなことないよ。僕だって、ちゃんとシルバの事を守ってるだろう?」
本当に守られた部分があっただろうか。疑問に思いながら記憶を手繰り寄せるが、やはり自分のほうがかなりの回数でアンゲルから守っているとシルバは判断した。
ユートの言う「守る」には、国から守っている、という要素を含んでいるため、二人の意見にはかなりのすれ違いがある。しかし、それを指摘する人物が居ないため、全く気づくことなくその話は終わった。
食事も終わり、シルバが風呂に入っている間、ユートは食器を洗って急いで片付けていた。シルバが風呂から出てくる前に、医療ポッドの最終調整に取り掛かりたいため、この食器片づけを早く終わらせたかった。
これは、シルバと二人で暮らすようになって暫くしてから気づいたことなのだが、シルバは風呂から出るとすぐに強烈な睡魔が襲うようだった。風呂へ入り熱い湯を浴びることによって交感神経が昂ぶり、神経の昂ぶりを抑えるためにメラトニンを多量分泌させて強制的に眠りへ移行させているのか。原因を調べるための機具がないため調べることは叶わないが、人とは少し違う構造をしているのは確かだった。
入浴後の睡魔はとかく厄介で、一度入眠してしまえば最初と二回目のレム睡眠はノンレム睡眠に入れ替わる。簡単には覚醒しない状態へ入ってしまうのだ。
何故、ノンレム睡眠が一時間以上続くのか。推測は出来るのだが、推測が出来たところでメラトニンを分泌させない方法は分からない。ならば眠ってしまう前に、医療ポッドへ突っ込んだ方が、経過はどうあれ結局は眠ってしまうので後々楽なのである。違いといえばポッドの中と布団の中、どちらで眠るのかというだけだった。
山とあった食器もようやく全て片付け終え、ユートは医療ポッドが置いてある寝室へ向かう。
日頃、寝る間も惜しんで手入れを欠かさずしていた医療ポッドは、食器の片づけよりも簡単にセッティングできた。設定を変えるとすれば、シルバが渋りに渋っていた久々の検査であるため、チェック項目を増やすのみである。
元々この医療ポッドは、生体兵器として創られたシルバのためだけに設置されている存在だった。一応「医療」ポッドと名付けられているだけのことはあって、ユートも中に入れば治療を行える。しかしシルバ自身に、このポッドはシルバだけのものだ、と言ってしまっているので、ユートは何となく自分に使うことを躊躇っていた。別に使わなければならない程の怪我を負ったことは無いので、医療ポッドを使うことは全く無かったのだが。
十分もかからずにセッティングは終わり、後はシルバを医療ポッドの中へ押し込む最終段階についたユートは、ベッドに腰かけ扉をじっと睨んでいた。
扉を見つめるその目は執念でも篭っているのか、爛々と怪しい輝きを放っている。まだかまだかと痺れも切れそうになった頃、ようやくドアノブが動きシルバが入ってきた。シルバのハンティングもかくやという動きで近づくと、シルバの利き腕を掴み後ろへ捻り上げる。強襲に驚きの表情を浮かべるシルバだったが、それ以上にユートの方が驚愕と言っていいほどの表情を浮かべていた。
「何で
――何で服を着てるんだ、シルバ!」
「なぜ、って……風呂から上がったら、すぐに服を着ろ、と言ってたのはユートだろ?」
「え、いや、確かに言ったけど……いやでも、今日はポッドの中に入るんだよ? 服を着ていたら診だ
――」
「そのことについてなんだが、服を着たまま診断は受けられないのか?」
思わぬ言葉を受けたユートは、驚きで拘束を解いてしまった。そして解いたことに気づかないまま、シルバへ問いかける。
「……え? 服を着たまま、て言うと、今のその状態でポッドの中に入りたい、ってこと?」
「……そう言っているつもりだ」
「ああ、別にシルバの言葉がおかしい、って訳じゃないよ。ただ、僕の認識が追いついていないだけで……」
シルバが眉間に皺を寄せたのを見て、ユートは慌てて訂正の言葉を入れた。
片手で待ったの形をとったユートは、空いた方の手を顎へもっていき何かを考え始める。その様子を不安そうに、そして少し眠そうに見ているシルバは、何回も出そうになるあくびを噛み殺しながら待ち続けた。
三分ほどして、ユートは顔を上げると、シルバへ質問を投げかけた。
「眠いかもしれないけど、我慢して僕の質問に答えてくれる? 何で、服を着たまま診断を受けたいの?」
「……ポッドを見てれば分かるだろ。それが全ての答えだ」
「全ての答えだ、って……」
眠いのが原因かは分からないが、不機嫌そうに答えたシルバの言葉を受け、ユートは困惑した表情を浮かべながら医療ポッドを見やる。
医療ポッドは横付けされた機器を含めれば、寝室の半分近くを占めている大きなものだった。ポッドの大きさは成人男性が余裕で一人横たわれる程のもので、服を着たままでも入ることが十二分に可能である。可能ではあるが、それがシルバの言う服を着たままで、という答えではないだろう。
シルバの伝えたいとしている真意が掴めないユートは、頭を掻きながら考え続ける。黙ってそれを見ていたシルバだったが、我慢の限界に達したのか不機嫌さを隠すことなく、顔を赤くしながらユートにも分かるようはっきりと理由を告げた。
「分かっていないようだから言う。ポッドの蓋が透明だからだ。俺が中に入っているのが見えるのはいいが、裸の状態は嫌だ。だから、蓋が透明である限りは服を着て診断を受けたい」
「
――ああ! 裸が恥ずかしいから服を着たままがいい、ってことか。なるほどなるほど……確かに、羞恥が芽生えているなら、裸の状態はちょっと恥ずかしいよね。シルバの言うことはもっともだと思うよ」
「じゃあ、服のままでいいんだな?」
「羞恥が芽生えたのは嬉しいけど、服を着て、っていうのはちょっと駄目かな」
喜びの表情から一転、苛立ちの表情へと変わったシルバを見て、ユートは慌てて言葉を紡ぐ。
「いや、理論上とか関係なく、服を着たままでも診断自体はできるよ。できるんだけど、服が邪魔になって診断にちょっと時間がかかるんだよ。僕としては、少しでも早く診断結果を知りたいし、シルバにとっても長い時間生体ジェルの中で眠っていたくないだろう? 目を覚ました時、凄く苦しそうに咳き込むし
――」
「苦しそうに咳き込んでいるんじゃなく、実際に苦しいんだ。それに、苦しいよりも恥ずかしい方が嫌だ。数時間くらい長くなっても我慢できる」
「え、数時間って……数時間じゃなくて、数日かかるよ? なんせ、シルバはここ四ヶ月は検査を拒否していたんだから。四ヶ月検査できなかった分、診断項目も診断にかかる時間も増えるだろうし、仮に真面目に毎月受けていたとしても、服を着ている時点で機械が受け取る信号を阻害してしまうから、どうやっても最低一日以上はかかっちゃうよ」
「研究所ではそんなに時間がかからなかったが」
「研究所だからこそだよ! 研究所はその名の通り、研究するためなんだから色んな設備も全て最新式だよ。でも、ここは研究所とは違う。この機械も研究所で処分されるはずの古いものをブローカーから買い取って、僕一人で改良したものなんだよ。研究所と同じスピードを求めるなんて土台無理な話だってば」
肩を落としながら首を振るユートを見て、シルバは何も言わなかった。睡魔が極限にまで近づいていたため、何も言えなかった、の方が正しいのかもしれない。
どんどん重たくなっていく瞼を懸命に閉じないようにしながら、シルバは酷く緩慢な動きで服を脱ぎ始める。それに気がついたユートも、急いで脱がせていく。一分もかからぬうちに一糸纏わぬ姿になったシルバを、ユートは肩で支えながらポッドの元へと運び、半ば突き落とすような状態で中へ押し込んだ。ほぼ眠りについた状態のシルバは、言葉を一切発することなく中に収まる。
シルバがしっかり収まったことを確認したユートは蓋を閉め、ポッド横の機器を操作し、シルバの心電図などを表示させた。少しの間をおいて表示された心電図は、規則正しく波を刻んでいる。暫く心電図やグラフを見つめていたユートだったが、何も変化は無さそうだと確信して深く息を吐いた。
視線を機器の画面からポッドへ移動させる。透明度の高い蓋を使用しているためか、中で眠っている人物の様子がよく観察できた。この、「観察できる」というのも、ユートが蓋を変えたくない理由のひとつであった。シルバの身体をじっくり見られる、と言うとかなりの語弊を産むが、実際にじっくりと見られる状態にないと心配だったのだ。
一応、機械で全てを管理しているから、安全とはいえ、機械に全てを任せるのは不安である。目視でもシルバの異常を感知できる、という保険を掛けておきたかった。だが、その理由ではシルバは納得してくれないだろう、と考えたユートは、先に述べた理由だけを告げたのだった。眠りにつきつつあるシルバに、余計な説明の時間を割きたくない、という本音があったのも事実である。
ポッドの中で眠っているシルバに、ユートはなんとも言えない表情を浮かべながら見つめていたが、やがて自分も睡魔に勝てなくなってきたのか、ポッド向かいのベッドへ倒れこむとそのまま眠りについた。