魅魔と魅魔祓い
城下街から少し離れた所に、通称『職人通り』と呼ばれる通りがある。
そこはその名の通り、ほぼ全ての職人たちが集まる通り。
武具を扱う職人も居れば、家具を扱う職人、貴族御用達の庭師など、色々な分野の職人が集まっているのだ。
その『通り』は常に賑わっており、乱雑でやや不潔さを感じる『通り』でも、貴族たちは直々に脚を運んでは直接依頼をするのだった。
そんな通りから一本細道を入り、複雑に入り組んだ道の途中に、ある一軒の店がある。一見誰も発見出来ないような店で、一度見つけたとしても次の日には見つける事が出来ないような店だ。
『職人通り』に暮らしている人間も、その店の存在を知っている者は殆どいない。
その店の周囲に住んでいる人たちでさえも、やっとの事で思い出せるほど周囲に溶け込んでいるのだ。
誰もが発見出来なさそうな店だが、一応はちゃんと店として機能している。表向きには、芸術品の修繕・手入れの店として。
実際にその仕事をやっているが、本来の仕事内容ではない。本来の仕事は、芸術品に憑いた『魅魔』という存在を祓う事。
魅魔に取り入れられた人から魅魔を取り除き、芸術品からも魅魔を取り払う仕事。
魅魔というものは、全ての芸術品に憑いていると言っても過言ではないほど多いものだ。
魅魔は芸術品に対する『想い』を受けて、芸術品の中で生まれ育っていく。
大抵生まれる時は、創作者の『想い』を受ける事によって生まれる。
その事自体は別に悪意でもなんでもなく、ごく普通の事。寧ろ、生まれない事の方が珍しい。
生まれたその時は、魅魔としての『自我』も無く特に祓う必要も無いが、『自我』が生まれた時、魅魔を祓うか祓わないかが決まる。
魅魔は自我が出来ると、自分の置かれている環境や状況を知る事が出来る。
その事は決して表に出る事は無いが、自分がどのような存在で、創作者からどのように思われているかは分かるらしい。
自我が出来始めた頃、魅魔の憑いている芸術品の環境が良ければ、魅魔は人間に干渉を持とうとはせず、大人しく芸術品に憑き続ける。
だが、自我が出来始めた頃にあまり良くない環境に置かれ続けると、魅魔はその環境から脱しようと人間に干渉を持とうとし始めるのだ。
これには例外があり、無干渉だった魅魔が干渉を始める事もあれば、その逆もある。
魅魔が行動を起こす時、それは今の環境に不満、もしくは不安を持っている時、という事だ。
その名の通り、魅魔たちは自分(芸術品)に好印象を持った人間を見つけると、魅了し始めようと行動をする。
気に入った人間の嗜好などを感じ取ると、それに近くなるように芸術品の印象を変え始めるらしい。
芸術品自体を変える事は、物理的には不可能だが、印象を変える事ならば出来る。
人それぞれが、芸術品に関する感想が違うのは、魅魔がそれぞれの嗜好にあわせて印象を変えているからだ。
芸術品を見た時、人間の感情は、『ああ、これは何となく良いな……』という程度で、どうやってでも手に入れたいとは思わない。
けれども、魅魔たちにとってはこの感情だけで充分。その感情を感じ取った時、魅魔としての本領を発揮する。
少しでも好感触を持った人間には、魅魔に魅了された証となる『タトゥー』が身体のどこかに出来る。
タトゥーはどこに出来るか決まっておらず、腰などに出来る事もあれば、眼球に出来る事もある。
だが、決まっている事は身体の『表面』に必ず出来るという事。
そのタトゥーこそが、魅了された証でもあり、魅魔の肉体にもなりうる証でもあるのだ。
一度その証を付けられてしまうと、付けられた人間が死ぬ以外に証を消す事が出来ない。それ以外の方法で消すとなれば、『魅魔払い』を出来るコンティ一族にしか出来ない。
タトゥーを消そうとして、その部分を剥いだり、切り落としたりしても、必ず証は現れる。決して消す事も逃れる事は出来ないのだ。
証を付けた人間は、普段は普通に生活をしているが、ふとした時に芸術品の事を思い出す。
一度思い出すとその芸術品を見たくなり、芸術品の置いてある所――美術館や好事家の所などへ脚を運び、芸術品を見て満足する。
その時、魅魔は自分の憑いている芸術品を更に魅力的にし、証を付けた人間を惹きつける。
惹きつけられた人間は、その場では満足するものの、暫くするとやはり芸術品を見たくなる。
こうなると、後はもう蟻地獄と同じく、芸術品の虜になっていく。
半年に一度が、一月に一度となり、週に一度となり、三日に一度となり、ゆくゆくはそれを手元に置いておかないと不安になる。
こうして完全に取り入れる事が出来た魅魔は、次の段階へと事を運ぶ。
手元へ置かせる事に成功した魅魔は、次に人間の魂を少しずつ吸収し始める。ここが魅魔の『魔』と呼ばれる所以である。
一度魅魔となってしまった物は、自分の存在が消えないよう人の精神――更に魂までも欲する。
そして最後には、その人になり代わり人間として生活をしながら、新しく魅了されるものを探し出す。
まるで悪魔のような存在――それが魅魔なのだ。
魅魔はまず、人間の意識の一部を手に入れようとする。意識を手に入れると、ふとした時に魅魔はその『人間』を演じ始める。
近くに居る人――家族などは、憑かれた『人間』の様子のおかしさに気づく事がある。だが、すぐに何時もの人に戻るため、その事は忘れてしまう。
周りにおかしいと感づかれた魅魔は、更にその人に似ようとなりを潜め、その人の癖などを学習する。
これが魅魔を発見しにくい原因で、大抵コンティ一族を頼る時には、その人は魅魔に殆ど取り込まれた『人間』となっている。