呪われた首飾り
「姐さーん……ヒマっスねぇ……」
「……別に暇でいいじゃない。薬を作る事が出来るし、この大量の資料を整理出来るし」
「でもね、俺は思いっきり戦えると思って――
「そんな理由で、あんたは実体を欲しがったの?」
「いや、そんな理由じゃないっスよ! そうじゃないんスけど」

 気まずさを紛らわせるためか、暇だと言った褐色肌の男は大きな欠伸をする。それでもまだ気まずさを感じているのか、姐さんと呼んだ女に視線を向け困ったような笑顔を浮かべた。 だが、女は男を一切見ようとせず、足元に置かれている資料を手に取り、部屋の大部分を占領している本棚のわずかなスペースへ入れていく。男に対して背を向けており、その表情を窺い知る事は出来ない。
 暫くの間、沈黙がその場を支配していたが、やがて女が小さく息を吐くと、整理をする手を休めて男の方へ近づいていった。 そのままカウンターに頬杖をついている男を押し退けると、引き出しを開けて中から封筒を取り出す。 封筒には「Francesca Conti」とだけ書かれており、裏には蝋で封がしてあった。
 封筒から手紙を取り出すと、それを男に渡す。男は目を丸くしながらそれを受け取り、手紙を広げてそれを読み始めた。

――えーっと……『コンティ一族である貴女に、見て頂きたい物がある。見て頂きたい物とは、ある呪われた首飾りである。もし、了承されるのであれば、期日内に返事を頂きたい――』 ……これって、依頼状?」
「そう、依頼状。呪われた首飾りに憑いている魅魔を祓う――ね。本当はソーマに教えたくはなかったんだけど」
「……俺もついてって良いスか?」

 手紙を持ったまま、目を輝かせて女――フランチェスカへ視線を向ける。その目はとても嬉しそうで、駄目だと言っても勝手についてきそうな目だった。
 フランチェスカはまた小さく息を吐くと、手紙を取り上げ封筒に仕舞いながら、

――来るな、って言っても来るでしょ? 家に居ろ、って言われても」
「そりゃあ当たり前! 姐さん一人で行かせるなんて、そんな事出来るわけないっス」
「……ジルドがついて来る、って言っても?」
「え!? あいつも来んのかよ……あいつすっげぇ根暗だから嫌なんだよな……」
「じゃあ、あんたはついて来るのは諦めるわね」
「……いや、ついて行くっス。絶対について行く」

 表情はとても嫌そうだったが、唇を尖らせ男――ソーマはそう言いきった。
 とても意見を曲げそうに無いソーマを見て、フランチェスカは心の中で深い溜め息を吐きながら封筒を引き出しに仕舞う。そしてカウンター脇に置いてあった資料を取るとぱらぱらと捲った。 その資料の中に目当ての物が見つかったらしく、カウンターに腰を下ろし資料を読み始めた。
 ソーマはその資料が気になるのか、椅子から立ち上がるとフランチェスカの肩に顎を乗せて中を覗き見る。ざっと読んでみると、資料は依頼にあった首飾りについてだった。 資料に書いてあるのは、首飾りがいつ頃創られたのか、創作者名、首飾りのイラストしか書かれていない。
 魅魔であるソーマにとっても、たったこれだけの情報では何故魅魔になってしまったのか、何故呪われた首飾りと言われるのかが分からなかった。

「姐さーん。たったこれだけの情報で、首飾りや魅魔について分かるんスか〜?」
「創作者名シルヴァン・グレゴワール・ポワズ……50年程前に貴族の間でポワズが創ったスピッラブローチが流行。晩年は貴族からの依頼は一切受けず、自分の創りたい物を創り続け、65歳で死亡」
「ふんふん――で、それがどうしたんです?」
「ポワズには一人娘のマリエーヌがいた。やっと望んで授かった一人娘だから、ポワズは大層喜び、その娘が産まれた日から首飾りを創り始めた。娘が結婚する日、身に着けさせようと思って――
――その首飾りが、呪われた首飾りなんスか? 姐さん」
――そう。首飾り制作は15年の歳月を経て、ポワズ最高傑作として完成した。娘マリエーヌが結婚をする、およそ3年前に」
「……へ? その首飾り、完成してたの? てっきり完成しなくて、その悔しさの想いを受けて魅魔が生まれたんかと――
「首飾りは完成したわ。そしてその首飾りは結婚式の前日、娘にプレゼントした。――けれど翌日、結婚式当日に悲劇が起きた」
「……悲劇?」
「結婚式当日、父ポワズは式に遅れていた。娘に首飾りとセットとして贈る筈だったスピッラの留め金部分が壊れてしまったから。 父から貰った首飾りを身に着けウェディングドレスに身を包んだ娘は、父が来るのをとても待ち侘びていた。とうとう痺れを切らした娘は、その姿のまま父を迎えに行ってしまった」
「もしかして、そのまま娘が帰ってこなかった――とか?」
「いえ、帰ってきたわ。――死体の姿でね」
――っ!」

 思ってもみなかったフランチェスカの答えに、ソーマは思わず息を呑んだ。
 やっと授かった娘、そして娘の晴れの結婚式に娘は死んだ――そんな事が起こったら、父親はさぞかし辛く悲しいだろう。そんな父親の想いから、首飾りに魅魔が生まれてしまっても仕方がない。
 何となく父親の気持ちが分かり、ソーマは落ち込む。だが、フランチェスカはそんなソーマを無視して、話を続けた。

「娘の死体は、工房の隣にある森で発見された。純白のウェディングドレスを自分の血で染め、身に着けていた首飾りも娘の血を吸ったかのように真っ赤になっていた。 両手首と両足首はもがれ、それはとても悲惨な光景だった」
「……姐さん。そんな悲惨な光景なのを、よくそんな淡々と言えるんスね……俺、なんか気持ち悪……」
「想像しなければいい話よ。――その首飾りはダイヤモンドと金で出来ていた。ディアマンテロゼオピンクダイヤディアマンテブルブルーダイヤじゃなく、かなり透明度の高い普通のダイヤで。 でも、娘の遺体が発見された時、そのダイヤは赤く染まっていた。どうやっても、元のダイヤに戻る事は無かった。後にその首飾りのダイヤは、『ディアマンテ デル サングエブラッドダイヤ』と呼ばれるようになった」
「……なんか、曰く付きの首飾りになったんスね」
「その惨殺事件が起きてから、ポワズは貴族からの依頼を全て断り始めたわ。多分、スピッラを見ると娘の事を思い出してしまうんでしょうね」
――ああ。娘が父親の所へ行った原因は、セットで贈る筈だったスピッラの修繕をしてた父親を迎えに行ったから……」
「娘が亡くなった次の年、妻サラが亡くなった。それからポワゾは家に篭るようになり、作品も殆ど創らず、自分の気が向いた時にしか創る事は無かった。 ポワゾが亡くなった後、首飾りは行方不明になった。多分、ポワゾの親戚が売りに出したんでしょう。 ポワゾの作品はまだ人気を誇っていたし、最高傑作と言われている首飾りだから、かなりの高値で売れると踏んで」
「……人間って、こういう時かなり醜いっスね」
「私も人間だけどね。――その首飾りは、とある貴族の手に渡った。首飾りは惨殺された娘が着けていたという事は、まだ世間には知られてなかったわ。 ポワゾ最高傑作を手に入れた貴族は、妻にその首飾りを贈った。真っ赤なダイヤなんてとても珍しいから、自慢のネタにもなるでしょうし。そして何よりも、その首飾りはとても魅惑的だった」
「それって、まさか――

 何となく嫌な予感がしたソーマは、少し顔を青くしながら尋ねる。何を想像しているのか分かっているらしく、フランチェスカ小さく頷き微笑んだ。

「そのまさか。その時にはもう、魅魔が生まれていたんだと思う。そして、夫の方に憑いたのか妻の方に憑いたのか、それは私にも分からない。でも、魅惑的な首飾りである事は確か。 ――妻も、その首飾りをとても気に入っていた。けど、その2週間後――妻は死亡した。首飾りを着けたまま」
――死んだ? その魅魔に、魂を奪われたんスか?」
「魂は魅魔に奪われていないわ。妻は殺されたのよ――夫の母親に、ナイフでズタズタに刺されて」

 当時の新聞の内容を知って居るらしいフランチェスカは、首を小さく横に振り表情を歪めた。そのあまりの悲痛そうな表情に、当時はかなり世間を賑わせたほどの凄惨な現場だったのだろう。
 ソーマが心配そうに声を掛け、それとなく話を促した。フランチェスカはもう一度小さく首を横に振り、一呼吸置いてから話を再開した。

「何故、母親が妻を刺したのかは分からなかった。その母親は気が狂ったかのように、息子の妻を殺した後、息子を殺し、自分の夫を殺し、そして最後には自殺した。 結局その時の事件は、犯人が自殺してしまい動機は闇の中」
「……それが、首飾りを持った者の末路……?」
――次の首飾りの所有者は、隣国の貴婦人だった。ポワゾの作品に惚れ込んでいた貴婦人が、周りの制止も聞かずに買い取ったそうよ。 その貴婦人は首飾りを着けて社交界に出かけた夜、社交界の舞台となったホールのシャンデリアが落下し押し潰されて死亡。その後、首飾りは人の手を渡り歩いていったけど、手にした者の末路は皆同じ。 首飾りを自分の血で染め息絶えた。――これが、呪われた首飾りの話よ」

 そう話を終えると、フランチェスカは資料を仕舞いにカウンターから腰を上げた。室内は妙に重苦しい沈黙が広がり、外で遊ぶ子どもたちの声が良く聞こえた。
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