呪われた首飾り
 重苦しい空気が店内を満たす中、軽やかなベルの音が響き扉が開いた。 音に反応してソーマは勢い良く顔を上げたが、扉を開けた者が顔を見知った男だと分かると、あからさまに顔を顰める。 そして小さな声で、やっぱり黒ずくめかよ……と、呟いた。
 事実、男は頭の先から足の先まで全て黒で統一されていた。瞳も此処ら一帯では珍しい黒で、どこを見ているのかまるで分からない。 肌は元から白いらしいが、黒一色で統一してしまっているせいか、病的な白さにしか見えなかった。
 男はソーマの言動を気にしていないのか、無表情のまま無言で中に入り、どこか機械めいた動作で扉を閉めると、フランチェスカの方へ向き一礼をした。

「……フランチェスカ様、御久し振りです」
――フランカ、よ。何度も言っているでしょ、ジルド。――それで。此処に来たってことは、準備が整ったってことね」
「はい。フランチェスカ様が仰ったものは、全てここに用意してあります」

 事務的にそう答え、ジルドと呼ばれた男は両手に持っていた大型な箱二つをカウンターの上に載せ、背負っていたリュックを床にゆっくりと下ろした。 ジルドがリュックから液体の入った瓶や、中身が詰まった掌ほどの大きさの袋などを取り出すと、これもまたカウンターの上に綺麗に並べて置いていく。 置かれた端からフランチェスカはそれらを手に取り、液体の入った瓶は軽く振ったり明かりに透して見たりして、袋は中身を少量、掌に出したりして確認をする。 特にやることの無いソーマはただその様子をつまらなさそうな表情でじっと見ていた。
 やがて、全て確認を終えたフランチェスカは満足そうに頷くと、手近にあったワゴンを自分の元に引き寄せ上に載っている本を退かし、 カウンターに所狭しと並べられた瓶を手で持てるだけ持つと、それらをワゴンの上段へ丁寧に載せ始めた。 それに倣ってジルドは下段の本を退かし、ソーマは空いた場所へ袋を置き始める。
 全てワゴンへ移し終えた後、フランチェスカはソーマに、扉に店仕舞いの札を掛けるように言うと、ワゴンを慎重に押して奥へ引っ込んでいった。
 店内に残された二人は互いにやるべきことをやる。ジルドはリュックを邪魔にならない所へ退かしワゴンに載っていた本を片付け、 ソーマはカウンターの引き出しから取り出した札らしきものを手に表へ出た。
 だが、ソーマの仕事は札を掛けて扉の鍵を閉めるだけの簡単な仕事なので、すぐに終わってしまった。
 後は自分が店内に戻り鍵を閉めるだけなのだが、どうしても中へ入る気にはなれない。ソーマにしては珍しく重々しい溜め息を吐いた。



 ソーマはジルドに対し苦手意識を持っている。
 元来、ソーマは生まれが生まれな所為か、賑やかな場所や明るい場所が好きだ。人の居る所が好きだし、人の会話が好きなのだ。 だからソーマはよく喋るし、誰かと会話をする事を求める。
 しかしジルドは違った。ジルドは静かな所を好み、独りで居ることを望んだ。だからこそフランチェスカやソーマと一緒に店には居らず、独り店から結構な距離がある フランチェスカが所有する山奥の小屋へ籠っているのだ。自らの意思で山から下りてこようとはせず、フランチェスカから呼ばれた時にのみ下りる。 ジルドはずっとこの意思を貫き通している。
 ソーマにはその気持ちがさっぱり理解出来なかった。自分もジルドも同じ誰かから創られた「物」。人に鑑賞されて何ぼなのに、ジルドはそれを嫌う。何度考えても理解できない。
 誰かに構われ注目されるのを好むソーマと、構われる事を疎み独りでいることを好むジルド。この二人はある種、対極に位置する存在だった。
 けれども、ソーマとて最初から苦手意識を持っていたわけではない。初めて会った時、ソーマはどうにかジルドという人となりを知ろうと努力した。 フランチェスカがジルドの所へ訪ねようとした時、自分が訪ねようと率先して行ったし、用が無くともちょくちょくジルドの所へ訪れもした。
 だが、ジルドとソーマとでは決定的な違いがあった。
 ジルドには感情という物が全くと言っていいほど無かったのだ。怒りや悲しみが無ければ、楽しいや幸せといったことも感じない。本人が理解できていないのかは分からないが、 言葉や態度、表情には一切表れることは無かった。ジルドと会ってから少なくとも、何かしら感情が読み取れる言動は一つも無かったのは確かだ。 蛇足だが、前の方で好むだの疎むだの使っているが、ジルド本人がそう言ったわけではない。 ジルドとのやり取りで、ソーマがそう感じたからである。
 もしジルドに少しでも感情があったのならば――仮として、ソーマに対し苦手感情などが表れていたとしたら、ソーマはそれを元にからかいやおちょくりなどをして、 少しでも会話を広げる事が出来ただろう。それで印象が悪くなったとしても、後からフォローする事は幾らでもできる。が、ジルドはソーマ自体に興味が無かった。
 一つ会話をしてみてもそうだ。

『よっ、ジルド。お前って普段何やってんの?』
『……フランチェスカ様から頼まれている薬品はここにある。後、これはそろそろ無くなるであろう薬品だ。フランチェスカ様から預かっているリストはどこだ?』

 全く会話にならない。まず第一、質問にすら答えていない。
 余談だが、この会話の後、ソーマは会話をする気にはなれず、ジルドにリストを渡して薬品を持ち帰ってきたのだった。
 この会話が一度だけならばまだ良いが、一事が万事この調子である。始めの頃は辛うじて会話らしきものは成り立ってはいたが、今ではこの調子だ。 唯一会話ができているとすれば、契約者マスターであるフランチェスカとの会話のみ。しかしその会話も、マスターに答えるという義務(感)からであって、 ジルドの本心かどうかは分からない。
 人と関わりあおうとしない、感情が無い、会話が成り立たない、そして――性格などがほぼ正反対。この四つから、ソーマはジルドに対して苦手意識を―― それも非常に深いところで苦手だと感じていたのだった。



 一生分かりあえそうもない奴と一緒に姐さんを待つのと、此処でこうやってしゃがみこんでチビどもに、兄ちゃん追い出されたー、って笑われながら肩や頭や背中を突付かれてるのと、 俺はどっちがマシなんだろうな?
 頭を突付き続ける枝を払いながら、現実逃避ともとれる思考を働かせる。
 ジルドと一緒に居るのも嫌なのだが、子どもたちが自分の周りを回りながら枝で突付かれるのも嫌なのだ。
 若干惨めに感じながら考えると、扉が開き中から人が出てくる気配がした。顔を上げると、フランチェスカが呆れた表情をしながらジルドの事を見ていた。
 子どもたちはフランチェスカを見て、更に顔を輝かせてソーマの周囲をグルグルと回る。普段際立った感情を表に出さないフランチェスカが呆れた表情をしているのを見たので、 他に違う表情を見られるのかもしれない、という期待があるのだろう。兄ちゃん、更に怒られるー、と口々に言いながらグルグルと回っていた。
 それにともなって突付かれる数も早さも増していく。ソーマは払うこともせずに情けない表情のまま、じっとフランチェスカを見ている。
 フランチェスカは呆れた顔のまま、未だにグルグル回り続ける子どもたちを追い払い、ソーマの腕を掴むと引き摺って店の中に入れたのだった。
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