訳ありコンビ
 太陽がほぼ完全に山の向こうへ沈み、街中が暗闇で覆われ始めた頃、ユートはリューグに追いかけられながらシルバの所へ走っていた。
 すっかり落とすことを忘れていた身体に付いたアンゲルの体液舐めたさで、ユートを捕まえようとしていたのだ。しかし体長が十八メートルほどもある奴に捕まれば、堪ったものではない。既に背中などを舐められていたのだが、リューグの舌のざらつきはまるでおろし金のようで、ユートにとってはちょっとした凶器でしかなかった。逃げながらも止めるよう何度も声で制止をかけるが、言うことを聞く気配は一向にない。

「リュー……グ! 僕を舐めても――いった! 美味しくないってうわぁっ!」
「ピュルルルルルルルイィ!!」
「リューグ、止まれ」
「っ、シルバ! ありがとう、助かった!」

 どんどん闇が濃くなる中、全速力で破壊されている街中を走るのは非常に危険な行為だ。暗闇でもはっきりものを見ることが出来るシルバや、竜「鳥」とはいうが夜でもしっかり目が利くリューグとは違い、ユートは明かりがなければ何も見えない。月明かりがあればまだ何とかなるが、生憎今日は新月。月明かりすらないという状態では、いつアンゲルが開けた穴に嵌るか分かったものではない。
 シルバがこいつを止めてくれれば……と考えていたユートにとって、シルバの制止の言葉はまるで神の啓示か何かのように感じられたのだった。
 ユートは走ることを止めずそのまま感謝の念を込めながら、薄っすらと見えるシルバの輪郭に向かって両手を広げながら抱きつこうとする。しかし、アンゲルの体液でべたついている上に、リューグの唾液まで付着しているユートに抱きしめられるのが嫌だったシルバはいとも容易く避けて、大人しく座っているリューグの背中にアンゲルの残骸を詰めた袋を括りつけ始めた。
 自分が抱きつく先にはシルバの代わりに壁が迎えていることに気づいたユートは、慌てて広げていた両手を前に突き出すことによって、何とか顔面から突っ込むことから回避することが出来た。

「何で避けるんだよ。ただありがとうの意味を込めて、抱きしめようとしただけなのに」
「……リューグの唾液とアンゲルの体液まみれになってる奴から、喜んで抱きしめてもらおうとする奴が居るわけないだろ」
「だからって避けなくても。それより、シルバどこら辺にいるの? 完全に日が落ちたから、暗くて何も見え――
「俺が引っ張るから歩け」

 言葉半ばのうちにシルバは言葉を被せ、ユートの右手を掴みリューグの元へ歩いていく。元々、瓦礫など危険なものは退かしてあるので、穴だけを注意すれば良い。それにリューグが穴の近くなどという、自分が落ちるかもしれないところに黙って座っているはずもないが、どうしても暗く目が利かない所では不安が生じる。仮にリューグの嘴から漏れている呼吸音や声などが聞こえていても、その方向へ進むことが出来ない。ものが見えない暗闇は、何かあるかもしれない、という恐怖感を生み出してしまうのだ。
 その不安と恐怖感からユートが前へ歩けないことを知っているシルバは、自分の右手でしっかりと相手の右手を握って、かなり短い距離だが道案内をする。
 何かに足を取られることもなく無事にリューグの元へ辿り着き、慣れた動作で背中に乗った。背中に二人が乗る感触を感じたリューグは折り畳まれた翼を広げ、闇の中へ飛びたった。

「今回はギリギリの撤収だったねー」
「避難した人間たちは、もうこっちの方へ向かっていたのか?」
「僕が国営所へ行ったときは、まだ避難解除の放送は流してなかったけど、僕が最後の報告者だと分かったら避難解除が出たよ。まあ、外は真っ暗だから、松明を用意したりとかで、国営所を出る時はまだ中に避難民たちは居たかな。勝手に行動してなければ」
「そうか。リューグが少し落ち着きをなくしてたのは、人間が勝手に行動を起こしていたのかもな」
「そうかもしれないね。どこの世界でも、勝手に行動を起こす人は少なからずいると思うからね」
――で、コアのほうはどうだった? 全て最小サイズにされたのか?」
「えっ? 何? 何て言ったの?」

 二人の住処であるアジトへ向かう道すがら、今回の反省会を行っていた。ここそこでの対応は間違っていた、ここの連携の仕方は良かったなど、毎回狩りが終わった後にはリューグの背中の上で行うのだ。別にどちらかが示し合わせたわけではなく、気づいたら自然と反省会をしている。
 この反省会はアジトでやっても良いのかもしれないが、この二人は俗に言う『訳アリ』を共有しており、会話などを聞かれたくはなかった。リューグの背中の上ならば、まず誰かに聞かれる心配もなし。もし盗聴器などが付けられていたとしても、常に強風に吹かれている状態であれば、風の音で声はかき消される。安全に反省会の他に、今後の予定も話し合うことが出来た。
 上空の反省会で一つ難点があるとするならば、吹き荒(すさ)ぶ風の音のせいでシルバの声がユートには殆ど聞き取れず、シルバは大声で話さなければならない所だった。蛇足だが、シルバはユートの声を通常の大きさでも聞き取れることが可能である。

「報奨金は幾ら貰えた?」
「ああ、報奨金? コアの欠片を片っ端から拾って、それを国営所の研究員と一緒にパズルの要領で組み合わせて証明したから、何とか最小サイズにはならなかったよ。いやー、大変だったよ」
「……よく拒否されなかったな」
「うん! 最初は凄い嫌な顔されたけど、窓口の人にずっと粘り続けてたら、向こうが折れてくれた」

 ――これ以上、アンゲルの体液まみれのハンターを窓口に置いておきたくはなかったんだろうな。俺だったら、とっとと追い払ってる。

 国営所内の窓口の様子がありありと思い浮かべることが出来て、シルバはユートに背を向けて苦笑した。ユートは最小サイズの報奨金にならずに済んだことがかなり嬉しいのか、ニコニコと微笑みながらシルバの腰にしっかり腕を回している。
 シルバも、最小サイズで報奨金を支払われてしまうと食費を削られる恐怖感があったため、同じように微笑みたかったがそれは出来なかった。ユートの危機感の無さに、背中から冷や汗が流れていた。
 ユートとシルバの二人は、正確にはユートのみは国から指名手配を受けている歴とした「犯罪者」である。ハンターになる前、ユートは地位の高い研究者であった。国が行っていた実験データと研究所を全て破壊し、実験の成果であり、実験から生まれたシルバを研究所から持ち出した「国家反逆罪」の罪で手配されている犯罪者がユートだ。
 シルバには手配こそかけられていないものの、実験から生まれた人間であるため、国が血眼になって探している。二人のどちらかが国の者に見つかってしまっては、ただではすまない状態にある。しかし、ユートにはどうも危機感があまりないのか、自分たちにとっては危険な場所である国営所にも長時間居座るようなことを平気で行う。研究員時代とは大分容姿が変わったと本人は言うが、シルバにしてみればこれ以上のない恐怖だった。
 たまにだが、シルバはユートに対し、自分が犯罪者と手配されており、国から追われている立場であることを理解しているのか、と強く問い質したい衝動に駆られるときがある。

「どしたの、シルバ? さっきから黙ってるけど? 反省会とかも終わったから、今後の予定について話したいんだけどな」
「ユートは本当に危機感がない。皆無と言っていいほどに」
「えー? なんか言った?」
「いや、何でもない。今後の予定は、南に行きたい。以上!」
「あー、南かー。段々寒くなってきたもんねぇ。でもさ、北へ行って、雪とかも見たいよね。シルバ、見たことあったっけ?」
「雪が積もってる中、アンゲル襲撃で退治していた時、アンゲルの攻撃くらって雪の山に頭から突っ込み、得物が使用不可能になったお前を見たことはあるがな」
「……シルバって、意外と細かいところまで覚えてるよな。僕なんか忘れてたのに」
「あれだけ嫌な目に遭えば、誰だって覚えてるだろ。忘れるとしたら、被害者じゃなく当事者くらいだ」

 余程その出来事がこたえていたのか、苦々しく顔をしかめた。
 ユートが雪の山に頭から突っ込んだとき、その時点でアンゲルはまだ一〇体程いた。アンゲルというのは単独で街などを襲うことは殆どなく、集団で襲いに来ることの方が圧倒的に多い。
 そしてその出来事があったときは運悪く、普段よりも数の多いアンゲルと遭遇してしまった。
 得物が使えないハンターなど、全くの無意味であり使い物には一切ならない。よって、ユートはただただ逃げ回り、アンゲル退治は全てシルバ一人で行うこととなったのだった。
 退治が終わった後、シルバの機嫌の悪さは推して知るべし、である。
 未だにムスッとしているシルバを見て、ユートは自然と顔を綻ばせた。
 シルバを連れて研究所から脱出した後、暫くの間シルバは全くと言っていいほど感情を表に出すことや、ユートに対し意見をするようなことはしなかった。機械のように黙々とアンゲルを退治し、時間が来れば食事を摂り、そして眠りにつく。
 機械仕掛けのように規則正しい生活と、兵器としての力のみを発揮する。自分で携わったことながら、その様子はとても辛く悲しいものでならなかった。
 初めの半年ほどは、感情を表に出すことさえかなりの苦労をしたのだが、今は自然に感情を出し、ユートと掛け合いや意見の出し合いもするようになった。そのことはユートにとって、とても嬉しいことでもあるし、シルバも表には出さないがユートに感謝をしていた。
 二人で南と北、どちらへ行くか話し合いという意見のぶつけ合いをしていると、リューグが徐々に降下を始める。風の抵抗を自分にも、背中に乗っている二人にも受けないように滑らかに降下する。
 シルバが視線を下に向けると、広大な森が見える中、遥か先に木々が丸く一切ない所を視界に捉えることが出来た。そこが二人のアジトだった。
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