呪われた首飾り
 フランチェスカの言葉を受けて主人はすぐに立ち上がると、自ら三人を娘の元へ案内を始めた。案内をされている途中、やはり沈黙に耐えられなかったソーマは、応接間にて気になっていたことをフランチェスカに訊いた。

「あのー……姐さん。本当に娘さんは、首飾りを外せるんスか? 魅魔に魅入られた人間って奴は、魅魔が他の奴へ『自分』を渡そうと考えない限り、外したり 手元から離れた所へ置く、なんてことはしないっスよ」

 ソーマの言ったとおり、本来の魅魔は自分の本体である装身具や美術品などは憑いている人間の側から離そうとはしない。もし離してしまったら、本体がどこか他所へ 運ばれてしまったり、最悪壊されてしまうかもしれない。運ばれるならまだしも壊されてしまえば、魅魔は存在を維持出来ずに消えてしまう。なので、魅魔は滅多なことが ない限り、手元から離そうとはしないのだ。

「まあ、あんたの言ったとおり、普通ならば離そうとはしないわね」
「そりゃあ、もし燃やされたり壊されたりでもしたら、俺らは消えちまうっス」
――でもね。今回の魅魔はいつもとはちょっと違うわ。まず、呪いの原因が魅魔ではない気がするもの」
「……へ?」
「詳しくは魅魔から話を聞かないと分からないけど、呪い云々は魅魔が『自ら望んで』引き起こしているものではないわ」
「……それは確かなんスか?」
「おおよその見当――はっきり言うと勘ね」
「そっ、それはマズいんじゃー……」

 やけに自信を持って言うフランチェスカに、ソーマは一抹の不安を覚えた。
 焦りを表に出さないよう気をつけながらジルドの方を見るが、ジルドは全く興味を持っておらず、真っ直ぐ前を見て歩いているだけであった。その表情から何を考えている かは、全く窺い知ることは出来ない。
 おそらく、主人はフランチェスカの言葉は全て事実である、と考えているだろう。しかし、実態は事実など一つもなく全て勘だけだと知ったら、応接間よりも酷い怒りを 買うであろうことは明らかだった。
 バレないよう、バレないよう、半ば祈るような気持ちでソーマは歩き続ける。フランチェスカが立ち止まったのを視界の端に見えたので、自分も歩みを止めた。
 目の前にある扉には、今まで屋敷の中で見てきた扉と違って、一際繊細な細工の施された扉だった。薔薇などの数々の花が彫りこまれており、一種の芸術とも見える代物 だ。絵画に憑いていた魅魔であるソーマは思わず、扉にそっと手を触れると感嘆のため息を吐きながら見惚れてしまっていた。
 こうやって見ると、扉も立派なキャンバスだな。これだけ細やかな――だが、しっかりと彫りこみをしているとなれば、よほど腕の立つ彫刻家だ。この彫刻こそ、もっと 大勢の人間に見られるべきじゃないのか?
 そのようなことを考え、ますます扉に施された彫刻に見惚れていたソーマだったが、フランチェスカに肩を叩かれたことによって、現実へと引き戻された。
 数歩引き下がると、フランチェスカは扉の前に立つ。

「まず、私が御息女様と話をします。あなた様はお待ちに下さい。絶対に私がいい、と言うまで中に入らないで下さい。御息女様が混乱なさると困りますので。――ジルド、 ソーマも私が呼ぶまでそこにいて」
「分かりました、フランチェスカ様」
「了解っス、姐さん」
「……あなたが呼ぶまで、私はここで待てば良いのでしょうか?」
「そうです、フェルミさん。待つのがお嫌でしたら、そこの上半身裸の男とでも話をしてお待ち下さい。黒ずくめの方はまともな会話を期待するだけ無駄ですので」
「はぁ……」

 すっかり貴族特有の少々高圧的、高慢的な態度が消え失せてしまった主人は、弱弱しく頷いて扉から離れる。
 フランチェスカは目を瞑り、二、三回深く呼吸をした後、ノックをして返事を待たずに中に入った。
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