呪われた首飾り
中はホワイトを基調としており、所々使われたローズピンクが女の子らしい部屋だった。
壁一面にある大きな窓は細く開いていて、外は風が吹いているのかレースのカーテンが揺れている。
窓に暫く視線をやっていたフランチェスカだが、この部屋の主である主人の娘を探した。フランチェスカが見る限り、娘の姿は見当たらなかった。
主人から名前を聞くことを失念していたらしく、フランチェスカは微かに顔を歪めながら、部屋の奥へと足を踏み入れる。すると、部屋の奥に纏められているカーテンが
不自然に揺れた。
カーテンの周囲に視線をやると、白いテーブルの近くに陶磁器で作られた花瓶が倒れていた。花瓶の周りに色取り取りの花が咲き乱れており、上等そうな敷物には作られた
ばかりの染みが出来上がっている。
フランチェスカは倒れたままの花瓶へ近寄り、しゃがんで花瓶を拾おうとした。その時に視線をカーテンへ向けると、カーテンに隠れきれていないスカートの一部が見えた
。
花瓶と床に散らばった花を元に戻した後、立ち上がってカーテンへ真っ直ぐ視線を向ける。
小刻みに震えるカーテンを見てフランチェスカは微かに笑うと、自己紹介を始めた。
「はじめまして。私はフランチェスカ・コンティよ。『コンティ一族』って言えば分かるかしら?」
「……コンティ
――いち……ぞく……?」
主人の娘
――いや、「少女」の震える微かな声が聞こえた。
フランチェスカはええ、と肯定をして、微笑み続ける。その笑みには、全く敵意や害意などは含まれていなかった。フランチェスカの笑みをソーマが見たら、驚きに満ちた表情を浮かべ
るだろう。
「私は、『あなた』の話を聞きに来たの。『あなた』を消しに来た訳じゃないわ」
あなたを強調して、「少女」に話しかける。それはまるで、今、カーテンに隠れている主人の娘以外の「誰か」に話しかけているような口調だった。
フランチェスカの呼びかけに、「少女」は逡巡したが、決意したのか、ゆっくりとカーテンを除けて姿を現した。
主人の娘は年の頃は十二、三の少女だった。レースを沢山あしらった
ドレスを身に纏い、首にはやや大きく感じられる首飾りを身に着けている。その首飾り
こそがポワズの最高傑作とも謂われている「呪いの首飾り」こと「純白の乙女」であった。
「……わたくしが聞いた一族の容姿とは、全く違いますわ。コンティ一族は、夜の帳のような美しい黒髪を、エパングル ア シュヴー デュ ル・アンブル(琥珀の髪留め、
ヘアピン)で纏めている女性と聞いてますわ」
「それは私の母のことね。母は死んだわ。私にはそのデル アンブラは似合わないから、墓前に供えてあるの。今は娘である私がコンティ一族よ」
「代替わりしたということは
――わたくしは消される、ということですのね?」
「さっきも言ったとおり、私はあなたを消しに来たわけでも、そのつもりも一切ないわ。ただ、あなたの話を聞きにきただけ」
「嘘ですわ。どうせ、あのジジイに頼まれたのでしょう? そしてそんなことを言ってわたくしを油断させて、消すつもりなのでしょう? 今までの一族と同じように。
わたくしが呪われた首飾りで、ニンゲンに害をなすものだと分かっているから」
「いいえ、そんなつもりは毛頭持ってないわ。確かに主人から依頼を受けたけど、あなたを消すつもりはない。だって
――あなたは呪われてなどいないから」
「
――っ!」
「娘への祝いに贈る首飾りが呪われているなんて、そんなこと絶対にあるはずないわ。あなたは呪われてなどいない。あなたは祝福を祝う『形』として生まれたのだから」
優しく、頭を撫でながら言うフランチェスカに、少女は大きな目を更に大きく見開かせた。そしてその大きな目から大粒の涙が生まれ、止めどなく頬を伝い流れ落ちていく。
少女の表情には、やっと分かってもらえた、という喜びと、なぜ分かったのか、という疑問が浮かんでいた。
フランチェスカは少女を抱きしめると、片手では頭を撫でもう片手では背中を優しく撫ぜながら問いかけた。
「
――ねえ。私は『確信』は持っているけれど、『確証』は持っていないの。だから
――だから、あなたの口で全てを教えて。あなたが生まれてからのことを、全て」
その問いかけに少女は大きく何度も頷いたのだった。
「見苦しいところをお見せてしてしまって、申しわけありませんわ。お姉さま」
「いいえ、気にしないで。あなたも苦しかったでしょうから」
「大丈夫ですわ! お姉さまがお母様を亡くされたことより、うんとマシですわ!」
「――なら良いけど。それで、色々と話を聞かせてもらえないかしら」
「はいっ」
あの後、少女は沢山泣き、少し前にようやく落ち着いた。その間フランチェスカは、ずっと少女を抱きしめ、頭と背中を撫ぜ続けていた。
沢山泣いたお陰か少女はだいぶ落ち着き、フランチェスカを席に座るよう進めると、自分で二人分の紅茶を用意した。どうやら少女は娘の身体を乗っ取っている間に、自分
で色んなことが出来るよう、色々なものを持ち込んで、部屋の改造までしていたようだった。
ここまであからさまに普段とは違う行動をとる魅魔がいるとは思っておらず、フランチェスカはその様子を思い浮かべ苦笑した。
少女は娘の命や精神を取ろうとは考えていないらしく、先代コンティ一族に自分を助けてもらおうと、娘が普段する言動を一切せずに、「何か」に「とり憑かれた」
と主人に気づかせるためにやっていたらしい。だが、執事からコンティ一族の特徴を聞いて、先代と容姿が違うことを知った少女は、首飾りを外すことを拒否して部屋に
籠もっていたようだった。
今はフランチェスカのことを信用し、話をする気になったらしい。
フランチェスカは少女の気が変わらないうちに、全てを話すよう進めたのだった。
「――まずは、どのことから話せば良いですの?」
「そうね……まずは、あなたの名前と、その身体の子の名前を教えてもらえる? 主人に名前を聞くのを忘れたのよ」
「良いですわ。この子の名前は――マリレーナ、ですわ」
「マリレーナ……似てるわね、ポワズの娘の名前に」
「ええ、似ておりますわ。だから、余計にこの子を呪いなんかに巻き込みたくはないんですの……」
「そう、確かに巻き込みたくはないわね」
「はい……あ、わたくしの名前はリトアですわ。姓は持っておりません。もし、姓が必要でしたら、『お父さま』のポワズでお願いいたしますわ」
「分かったわ。でも、姓はなくて構わないわよ。名前を教えてもらえれば十分。名前がないと呼びにくいから」
「そうですわね。名前がないと、色々と不便ですものね」
口元を手で隠しながら可愛らしく微笑む少女。言動を見るにこの魅魔は、貴族の手を転々と周り続けていたのだろう。
魅魔の性格は、創作者の想いと扱われていた環境などで殆ど決まることが多い。なので、言動を確認するだけで、フランチェスカはすぐにその魅魔が居た環境などが分かる
のだった。
「――そろそろ、本題に入っても良い?」
「あ、はい。そうでしたわ。お姉さまに全てを話さなきゃいけなかったんですわ」
「じゃあ、お願いして良い?」
「はい。――わたくしが生まれたのは、この首飾りが出来るおよそ四年ほど前でしたわ。半分以上形が出来上がり、ダイヤモンドを削っていた頃でした」
「――生まれるのは遅かった方なのね?」
「ええ。お父さま――わたくしを創ってくださった方は、デザインを起こすのにかなり悩んでいました。娘(マリエーヌ)の将来の姿が浮かばなくて、その子に似合う
デザインが生まれてこなかったみたいですの。だから、首飾りにかける情熱はあっても、まだ想いまではありませんでしたわ」
「形が出来上がっていなかったから、あなたも自分を固められなかったのね?」
「そうです。マリエーヌへの想いはひしひしと感じ取れたのだけれど、わたくしに関する想いはまだあまり感じ取れませんでしたの。わたくしが生まれてから、お父さまはとても
集中して、わたくしを完成させようとしておりましたわ。マリエーヌが成長するたびに喜び、私を完成させようと仕事の合間に頑張って――わたくしがとても幸せを
感じられた頃でした」
そこで少女――リトアは口を噤んだ。表情も幸せそうなものから一転して、辛く、泣きそうに歪める。