呪われた首飾り
 応接間に戻った四人は各々に好きな席に座ると、フランチェスカが口を開いた。

「まず初めに、先ほどの非礼を詫びさせていただけないでしょうか?」
「先ほどの……ああ、娘に死ねと言っているようなものだ、というあれのことですか?」
 主の言葉にフランチェスカは頷き、しっかりと頭を下げた。フランチェスカのことを妄信しているソーマは面白くなさそうな表情でそれを見つめる。
「私は貴方のことを、自身の見栄やプライドのためにご息女様を売るのではないか、そう思っていました。思って、先ほどの無礼千万な発言をしました。本当に申し訳ありません」
「金を持っていてもいなくても、虚栄心のために家族をないがしろにする者は存在する。気にしてなどいない、と言うと嘘になるが、発言についてどうこう言うつもりはない。貴女が何を思いあの発言をしたのかは知らないが、娘を元に戻せるのは貴女しかいない。どうか娘を助けてはくれないだろうか?」
「こんなに人として立派な方を疑ってしまいとても恥ずかしいです。全てが終わりましたら、改めて詫びさせてください。――まずは御息女様の様子ですが、お元気でした。御息女様と会話をしたわけではないですが、身体のほうは大丈夫でしょう」
「娘は大丈夫でしたか……」
「ええ。食事、睡眠も摂っているようでした。――本題に入る前にお一つ尋ねたいのですが、フェルミさんは私の本来の仕事をご存知で依頼なされたんですよね?」
「ああ、勿論だとも。貴女の噂は予てより聞いている。詳しく聞いたのは、私の昔馴染みからで、貴女にご依頼をしたこともあるとか。名前をカルロ・パラッツィーニという――
「その方なら知ってます。確か二、三年ほど前に、魅入られた身内を助けて欲しい、と依頼があったわね……あなたはその方とお知り合いだったのですか」
「ああ。私の娘の様子がおかしいとカルロに話したところ、もしかすると『魅入られて』しまったんじゃないか、と言われてね。娘に、首飾りを贈ってから様子がおかしくなったのものだから」
「……失礼ですが、御息女様に贈られた首飾り、何故作られたかご存知ですか? そして、あの首飾りがなんと呼ばれているかも」
「いや、あの首飾りが作られた理由も、なんと呼ばれているかも私は知らない。私が知っているのは、ポワズの最高傑作だということだけだ」

 主の言い分にソーマは思わず顔をしかめた。
 ――そんな言い方をしてしまえば、姐さんの顰蹙ひんしゅくを買うだけだ。 下手をすれば、折角姐さんが直接話をしたというのに、依頼を断るかもしれない。
 フランチェスカが頭を下げていたのをすぐ隣で見ていたはずなのだが、まだ彼女が主導権を握っていると考えていた。
 心配になったソーマは視線をフランチェスカのほうへ向けた。しかし、ソーマの予想とは違って、フランチェスカは極々普通の表情をしている。彼女は気に入らない出来事があるときのみ、すぐ表情に出る。表情に何も感情がでてきていないということは、主の言葉には何も不快なことは感じなかったということだ。
 フランチェスカの元へ来て早数ヶ月は経とうとしていたが、未だにこの人物の性格などを掴めないソーマであった。

「そうですか……実は、あの首飾りは元々、ポワズが愛娘への祝いの印として作り上げたものなんです。遅くに生まれた子だったので、その嬉しさも一際強かったと思います」
「ああ――私の娘もやっと授かった子でね。どうしても何かを贈ってやりたくて、ポワズの最高傑作を手に入れたんですよ」
「ポワズと同じ境遇なのですね……あの首飾りは愛娘が結婚するときに、スピッラブローチと共に贈る予定だったんです」
「ブローチもあったんですか……それは初めて聞きました」
「それもそうでしょう。娘が死んでしまったその日に、ポワズが壊してしまいましたからね。スピッラが原因で娘を死へ追いやってしまった、そう考えていたようですから」
「娘を……死へ追いやった?」

 死という言葉に反応し、主はフランチェスカへ問い返す。
 娘が死んだ原因を聞かされていたソーマは俯き、ジルドは無表情のままずっとフランチェスカを見ている。ソーマの様子におかしいことに気づいた主は不安に駆り立てられたのか、 顔を少し蒼白させながら話の続きを促した。

「首飾りが完成したのは、娘が結婚するおよそ三年前です。結婚式前日に、その完成した首飾りを娘へ贈りました。スピッラは結婚式の後に贈るつもりだったのですが、 留め金部分が壊れていることに当日気がつきました。どうしても当日中に渡したかったポワズは、一人工房に籠もり修理を始めていました」
「……それで、それでどうなってしまったんだ?」

 嫌な予感を感じつつ、主は更に顔を蒼白させながら尋ねた。その言葉には、自分の予感を否定させたい気持ちがひしひしと感じられた。
 その嫌な予感通りであることを知っているフランチェスカは、一旦深く呼吸をした後、話を続ける。その喋り方は今までよりも、一段と重かった。

「娘は父から贈られた首飾りを身に着け、父が教会へ来るのを待ち侘びていました。来ない父にとうとう痺れを切らした娘はウェディングドレス姿のまま、父が籠もっている工房へ迎えに行きました。 そして、娘は生きて帰ってはきませんでした」
「生きては帰ってこなかった? 生きてはというのは、一体どういうことなんだ!?」
「娘は工房へ向かう途中、近道である工房の隣にある森の中を通り過ぎようとしました。そこで何者かに出くわしたのです。そしてその者に、殺されました」
「殺……され……」

 首飾りを身に着けた娘の末路を聞き、主の顔から完全に血の気が失せた。呆然としたまま殺された……と何度も何度も呟いている。
 ――そんな傍から見れば曰くありな首飾りを、愛する娘に贈ってしまったことを知ってしまえばそうなるだろう。 旦那は知らないだろうが、ただ殺されたのではなく、惨殺されたんだからな。
 主のショックの強さを何となく感じ取れたソーマは、若干哀れみを込めたことを考えていた。だが、自業自得だという考えも同時に生まれていた。
 首飾りのことについてもっと調べていれば、ポワズと同じ状態に置かれている娘にその首飾りを贈ることもなかっただろう。 その上、その首飾りは呪われているということは、中流貴族以上の中ではかなり有名であった。寧ろ知らない方がおかしかった。
 誰か止める者でも居なかったのだろうか。いや、もしかすると止めた者も居たかもしれない。それを要らぬお節介と取ったか、首飾りを買おうとして言っているデマと取ったかしたのかもしれない。
 そんな考えがソーマの中にあり、今までに見てきた貴族の思考などを思い出すと、余計にその考えが色濃くなっていた。

「その後、首飾りは他の貴婦人の元へ渡りましたが、その貴婦人も首飾りを手に入れてまもなく死亡しています。今まで首飾りを手に入れたものは皆、最長でひと月以内にこの世から去っているんです。 そして――そして『曰くあり』とされる首飾りを、ポワズと殆ど同じ境遇の貴方が手に入れ娘に贈った。これが現状です」
「あ……わたしは……そんなものを娘に贈ったのか――
「そんなものとは仰らないでください。あの首飾りは本来、娘を祝うためのものです。それがどういう因果か『呪われた』だなんて言われ始めただけのことなんです」
「だが現に、それを手に入れた人間はひと月以内に皆死んでいるのだろう! そんなものを――そんなものを贈ったなどと」
「貴方のお気持ちは分かります。ですが、その気持ちはもう少々抑えて頂けないでしょうか? 貴方の娘を魅入っている者も、そうなることが嫌だと言っています。だからパーティーは中止して欲しいとも」
「パーティーを中止に……ああ確かに、中止にした方が良いな」
「ええ。私も初めはそう考えていました、直接会うまでは。ですが今回はやった方が良いかもしれません」
「なっ……!」
「え、姐さん!? それ、どういうことっスか!」

 今まで反対していたのに、急にやるように言うフランチェスカに、主もソーマも驚きの声を上げる。ジルドはただただフランチェスカを見つめ、眉一つ動かすことはなかった。
 パーティーをやることなどになれば、娘の命は無いも同然。パーティーなど人目の多いことなどはやらず、そっとしておいた方が娘も安全なはずだ。 なのに、フランチェスカはまるで娘を見殺しにするかのような発言をしたのだ。
 遂に切れるところまで切れてしまったのか。心底心配そうに見つめてくるソーマに気づいたフランチェスカは、眉を微かに動かし足を組みなおすと、

「これには考えあっての発言よ。別に御息女様を見殺しにするつもりは無いわ。――実際のパーティーであの首飾りを着けるのは私です。 代わりをご用意したので、そちらを御息女様には着けて頂きます」
「あ、貴女は一体何をするつもりなんだ?」

 主の問いかけにフランチェスカは微かな笑みを浮かべ、

「あの子自身に呪われてなどいないことを証明するためです。私が身を持って」

と、言い放ったのだった。
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