呪われた首飾り
 思いもよらない言葉に、主は呆然とし、ソーマは目を丸くした。目を丸くした後、内心直ぐに焦りが生まれた。
 フランチェスカが何を言いたいのかは分かる。簡単に言えば魅魔を助けると言っているのだ。それも自分自身の命を懸けて。
 魅魔をどうするのかはフランチェスカが判断するため、別にソーマが口を出すことはない。そんなことをするのは無粋だとも考えている。
 けれど、命が懸かっているとなれば話は別だ。少なからずの可能性ならばまだしも、今回相手をする魅魔は確実に死を招くとする代物だ。 魅魔の力の強さは過去死亡している人数を見ればどれほど強いかは簡単に分かる。そんな魅魔を助けようとするのならば、一体幾つの命が必要だろうか。
 その上、フランチェスカが死ぬことは、イコールとして自分の死も示す。止めようと考えるのが普通だろう。
 思い切って進言しようと、ソーマが口を開こうとしたとき、一拍早くフランチェスカが口を開いた。
「貴方は私の言っていることに、納得がいかないと思います。レプリカを着けているとしても、魅入られているのは御息女様自身。とても不安になるでしょう。 ですが、私も同じく魅入った者に対し感じる部分があるのです。決して御息女様を危険な目には遭わせません。どうか、私の考えている通りに事を運ばせては頂けないでしょうか?」
「………………」
「私はどうしてもこの連鎖を断ち切りたいのです。こんなことを繰り返されては、ポワズ自身もさぞ悲しい心境に居るでしょう」
「……仮に、仮にだが。もし、その魅入ったものとやらを助けたら、あの首飾りはどうするのだね?」
「助けた場合、魅入った者は消えることなくあの首飾りに憑き続けます。ですが、死ぬようなことはないでしょう」
「首飾りは、貴女に譲ることは出来ないのか?」
「私としましては、譲っていただけるのならば、是非譲っていただきたいです。それが無理でしたら、強制的にとは申しません」
「……いや。娘には、他のものを贈りたいと考えている」
 そう言って、主は頭を下げた。呪いが解けたとしても、あの首飾りを娘の手の中に置いておくのは嫌なようだった。
 主の当然と言えば当然の反応に、ソーマは一人ごちに頷く。誰だって物騒なものを好き好んで置くのは嫌だろう。それが自分の大切な人物だとしたら、その者から遠ざけたくなるのが普通だ。
――どうか、私が考えている通りに、事を運ばせていただけませんか?」
「……それで、全てが丸く収まるというのかね?」
「ええ。これでピリオドを打つことが出来ます」
 揺るぎなき強い意志を受け、遂に主は折れた。娘が心配だという気持ちがフランチェスカの考えに反対したかったが、ポワズの想いを少し知ってしまったのが原因だった。
 娘に対する愛情や、ポワズと自分の父親としての立場が一緒。父親の、娘に何かをしてやりたいという気持ちが痛いほど分かる。その気持ちを知ってしまえば、反対することなどできるだろうか。 娘への贈りものが呪われているなど言われ、喜ぶ父親など居るだろうか。
 一人の父親でもある主には、とてもそんなことは出来なかった。出来ることなら、自分の娘も、フランチェスカの言う魅入ったものとやらも助けたかった。
 主の許可を受けて、フランチェスカは微笑を浮かべる。 主に礼を述べた後、これからのことについて色々と計画を組み立てたいことがあると告げ、執事の案内の元、全てが片付くまでの間、世話になる部屋へ案内された。
 部屋へ案内される間際、主に娘の部屋へ行っても平気だということを告げた。 それは、魅魔であるリトアと会話をしたとき、リトアが今後をどうするか考えている間は、表に出てこないことを告げていたからだった。
 嬉しそうな表情を浮かべる主に背を向け、フランチェスカも心なしか嬉しそうな表情をする。 その表情を見たソーマは、また目を丸くした。やはり、フランチェスカの考えていることは、未だ掴めなかった。

 案内された部屋は、東にある応接間とは反対の二階西の突き当たりにある二部屋だった。一部屋はフランチェスカのみ、もう一部屋はソーマとジルドの二人に与えられた部屋である。 元々は三部屋用意されていたらしいのだが、それをフランチェスカが丁重に断ったのだ。
 それを知ったソーマは、ほんの少しだけ断ったフランチェスカを恨んでいた。 苦手なジルドと二人きりにされることが嫌だった。かといって、フランチェスカと相部屋にして欲しい進言すれば、フランチェスカに小言を頂戴されそうだと考え、口にすることはできなかった。
 フランチェスカの部屋に集まった三人は各々好きな所に座り、これからのことを話し合い始めた。
「姐さん、今回の魅魔、本当に助けるんスか?」
「助けるつもりだし、実体を与えるつもりよ。けど、実体云々は本人の希望によるけれど」
「……俺は別に姐さんのやることには何一つ反対するつもりはないんスすけど……今回の魅魔は危険すぎじゃないスかね?」
 心配そうな表情をしながら言い募る。暗に下手なことはしない方がいい、と言っているのだが、ソーマ本人はそのことには気づいていない。
 フランチェスカに止めるよう言うのには、自身が消えてしまうという心配も僅かばかりあるのだが、大部分はフランチェスカのことがただ心配だという気持ちからだ。 魅魔の中では弱い方に入るソーマは、自分に実体を与えてくれたフランチェスカに感謝をしているからこそ、今回の事例ではもしかすると死ぬかもしれないという不安に襲われていた。
 泣きそうにも見えるソーマを見て、一人掛けソファに腰掛けているフランチェスカは肩を竦め、
「危険も何も、この仕事は常に危険だらけよ。安全だなんて一つもないわ。 それにいつだって死の淵に立っている状態だし、何回も死にそうな目に遭ってるわ」
「何回も……!? じゃあ、今回は下手をすると確実に死ぬかもしれないって事、自覚してるんスよね!?」
「ええ、自覚してる。しているからこそ、あの子を助けたいのよ。祝福の首飾りが呪われてるだなんて辛すぎる。それに、今まで死んでる人たちは全員、あの子に殺された訳じゃない」
「……あの子って、誰スか?」
「魅魔。名前はリトア。創作者であるポワズを父親のように慕い、持ち主になるはずであったポワズの娘の幸せを第一に祈っていた優しい子よ。そんな良い子なのに……呪われた首飾りになってしまった原因は人間のエゴとかなのよ」
「エゴ……具体的には?」
 ここに来て、初めてジルドが口を開いた。
 喋るなど思っても居なかったソーマは、驚きの表情で発言主を見やる。
「思い込みや噂が凝り固まったもの。それがリトアの魅魔としての力を強くさせ、同時に呪いという付属をつけさせてしまった原因。人間の他愛ない噂などが原因で、あの子は欲しても居ない力を手に入れてしまった。 そして生まれて間もない魅魔が力を手に入れてしまったため、呪いという付属は暴走して色んな災いを引き起こしたり、または引き付ける原因にもなった」
 そう締めると、フランチェスカは目を瞑り息を吐いた。その表情からは、何も感情を窺うことが出来ない。
 人一倍感情を読むことに長けているソーマですら、今のフランチェスカの感情を読み取ることは出来なかった。
 だが、なんとなくその溜め息に、憐れみか何かを含んでいるのは感じ取れた。ソーマもまた、胸中憐れむことを禁じえなかったのだ。
 フランチェスカはあえて言わなかったが、今話した原因は真実であり事実なのだろう。しかし、それではあまりにも首飾りに憑いた魅魔――リトアが哀れすぎる。
 『祝福』を込めて作られた首飾りが、皮肉にも『呪い』という正反対な効果をつけてしまったのだ。その上その『呪い』で身に着けたもの全員が死んでいる。
 大切な人への気持ちを込めて作られたものとしては、とても皮肉で無情な仕打ちである。
 ソーマ自身もある者への気持ちを込めて創られ、その過程から生まれた魅魔であるため、辛さや悲しさはフランチェスカ以上に感じた。
 もしもこれが自分だったら――抗っても抗っても、呪われているという人間の無情な噂は付き纏い、忌み嫌われ続ける絵画―― そこまで想像したが、あまりの恐ろしさにソーマは首を思い切り横に振り、自分の肩をしっかりと抱いた。
 自分の腕に触れてみると、面白いほどに肌があわ立っている。 そこで初めて、人間は寒さを感じたとき以外にも恐怖で肌が粟立つことをソーマは知った。
 魅魔としての力も持てる実体だが、基本は人間の身体を基にしている。生理現象があることは知っていたが、ここまで細かく忠実だとは知らなかったのだ。
 『物』というものは、使われることによって初めて存在意義と存在理由が出来る。使われなければ、物はあったとしても無いに等しいのだ。
 では、芸術品や美術品はどうすれば意義と理由が出来るのか? 至極簡単なことで、飾られるか飾ればいいのだ。 飾り飾られることによって、持ち主の心を満たす。何の心かはあえて言わないが、心を満たすことで芸術品や美術品の意義と理由が生まれる。
 しかし、少なからず『呪われている』との噂が聞かれる芸術品や美術品があった場合、どうなるのだろうか?
 まず、飾られることは無いだろう。表に出すことなく売りに出すか、もしくは倉庫などの奥深くに仕舞われ、埃を被るかだ。 どちらの道にせよ、芸術品や美術品にとって悲しいこと以外ない。芸術品や美術品は飾ったり使ったりしてなんぼの存在である。 飾られなければゴミ以下の価値にしかならない。それは『美術』『芸術』と呼ばれ持て囃される物にとっては、とてつもない屈辱でしかなかった。
 そんな価値になりかけている首飾りが、今自分の前にある。
 どこぞの貴族たちよりも大切にしてくれるフランチェスカなら、そんなことを見過ごすようなこともしなければ、無視することもしないだろう。
「……姐さんは、俺らが止めたってそのリトアって奴を助けるつもりなんだろ?」
 諦めたような、安堵したような声音でソーマは問いかける。
 フランチェスカは答えることはせずに、片眉を器用に持ち上げただけだった。
 それを肯定と受け取ったソーマは肩を竦める。だが、その様子には呆れは一切なく、安堵したようだった。
 リトアと魅魔の状態を聞かされ、その様子を想像してしまえば、同じ魅魔としては助けて欲しいと請うだろう。 それもただ請うだけではなく、唯一魅魔の生死を握ることが出来るコンティ一族の族長に縋りつき、どうか憐れな魅魔を助けてくれ、と涙ながらに泣き叫ぶだろう。
 魅魔には仲間意識というものは存在しないのだが、物の業というものを持っている。今の苦痛に満ちた状況から助け出し、本来の物の業を満たせてくれるのならば、ソーマは同じ魅魔として何かをしてやりたかった。
 嬉しそうに微笑んでいることを、ソーマ本人は気づいていないだろう。その笑顔を見て、フランチェスカも僅かながらに微笑んだ。
 そしてそんな二人の様子を、ジルドは無表情で見つめていたのだった。
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