呪われた首飾り
 魅魔リトアを助ける、という意見が固まったところで、今度は具体的な作戦会議を始めた。
 今回は依頼主の了承を得ているため、普段のときよりも幾分か動きやすい。
 しかし、当の魅魔自身がどう望んでいるのかを把握していない上に、今回の最大の敵は「呪い」だ。呪いとはいえ、どうやって死ぬか全く分からないため、どんな対応策を考えたとしても必ず何処かに穴が生じるだろう。
 この呪いが三人の頭を痛める種であった。呪いをどう攻略するかによって、対応の仕方も変わってくる。攻略すると言ってはいるが、実態が掴めていなければ対応の仕様もない。今の状態は八方塞だった。
「姐さん。呪いって、パターンとかないんスか? 例えば、一番最初が刺殺、次も刺殺なんスよね? それで今までに死んだ人間の死因を上げてみて、それでパターンが掴めればまだ対応策が立てられるんスけど」
 ソーマの言葉に、フランチェスカは暫し思案する。
「確か、三番目はシャンデリア落下による圧死。四番目は馬車に轢かれて轢死。次は銃殺。その次は心中。その次は転落死。次は斬首。次は窒息死。次は焼死。次は――
「ああ、姐さん。もういいっす。なんか腹一杯というか気持ち悪いというか……とりあえず、フェ・ディヴェールバラエティーに富んでることは分かったっス……」
「そう? とりあえず、これだけ多種多様な死因があるから、これらからパターンを見つけ出すなんて事は不可能ね。――でも、一つだけ可能性を上げることは出来るわ」
 予想外の言葉に、ソーマは驚きの声を上げた。
 これだけ首飾りにまつわる死が多種多様なのに、可能性を一つでも出せると言うのだ。これを驚かずに居られる方が不思議である。もっとも、眉を一つ動かすことなく、いつもと変わらぬ無表情でこちらを見ている人物が一名いたが。
 手がかりが一切ない今、可能性があるのならば耳に入れておくに限る。ソーマは慌てて先を促した。
「話は簡単よ。次にあるとしたら刺殺。それも滅多刺し」
「……そうか。『あれ』か」
「……あれ? あれ、って……何スか、姐さん」
 フランチェスカの言葉を受けて、ジルドは全てを把握し納得したようだった。
 そして一人分からず、ジルドが発した「あれ」に反応したソーマは、フランチェスカに問いかける。
 あえてジルドに尋ねないところが、ソーマらしいところであった。ソーマの中では、ジルドに尋ねても無駄、となっているのだろう。
「遅くに生まれた娘。娘に贈る首飾り。誕生パーティーという晴れの舞台。そこでお披露目される首飾り。――どう? 繋がりが多すぎるでしょう?」
「……つまり、結婚式という晴れ舞台でお披露目される首飾りと、誕生日パーティーという晴れ舞台にお披露目される首飾り。同じ立場にいるってことスか? 姐さん」
「ええ、そうよ。今回の場合、あまりにも悲劇の引き金となった事件と、舞台と役者が殆ど同じなのよ。いいえ、殆どじゃない。全くと言っていい程同じよ」
――もしかして、止血剤を取ってこいって言ったのは……」
「可能性は高いわ。それならば、役に立たなくともあったほうがマシでしょう? 一応は」
 肩を竦め、事も無げに言い放つ。
 つまりフランチェスカは最初から全て予想し、考えていたことになる。魅魔を助けることも、今回死の呪いが起こるとしたら、どのような手段で死に至らしめるのかも全てをだ。
 予見していたからこそ、ここ依頼主の館へ行く前にソーマに止血剤を貰ってくるよう頼んだのだ。もし、刺されたりした場合、それですぐに依頼主の娘を止血できるようにと。
 そこまで考えているフランチェスカにソーマはまたも肌をあわ立たせた。
 やはりこの人の考えていること、思考が読めない。人の感情などを読み取ることを得意としていたソーマにとって、読めないというのは恐怖そのものだった。
 狼狽しかけているソーマを無視し、フランチェスカは何かを思案する。
 そこで、「あれ」発言以来、全く口を開かなかったジルドが口を開いた。
「……フランチェスカ様。あの程度の止血剤では、貴女が刺されたとしても止めることは不可能です。失血死するだけです」
「……おい、ジルド。今、何つった?」
「……あの程度の止血剤では、フランチェスカ様が刺されたとき、止血することは不可能だ」
 ジルドの答えに、ソーマの思考は完全に停止した。
 ――今、この男は何と言ったのか? 姐さんの止血は不可能? 何で姐さんが刺されること前提なんだ? いや、その前に何で姐さんが出てくる? あの止血剤は依頼主の娘のためだろう?
 全く訳の分からず、ただただ疑問だけが頭の中で生まれ溢れた。何とか思考を纏めようと試みるものの、纏まることはなく逆に疑問の坩堝るつぼへ思考が潜り込んでしまう。
 微動だにしないソーマを見て、フランチェスカは思案を止め、ジルドの言っている意味と自分の考えを説明した。
「私は娘に首飾りを着けて出てもらうつもりは無いわ。首飾りを着けるのは私で、娘には私がジルドに頼んで持ってきてもらった別の物を着けてもらう。魅魔を助けるのは私のエゴなのだから、娘を巻き込むわけにはいかない。それに、依頼主が反対するわ」
「で、でも、姐さんが着けなくとも俺が――
「ソーマには娘の側に居て、念のために辺りを警戒してもらうわ。ジルドだと威圧感とかでバレるだろうから、貴方の方が適任なの。それに折角依頼主が許可して下さってるんだから、最大限に活用しない手は無いわ」
「……けど、やっぱり俺は納得できないっス」
「ジルドには私の側に居てもらって、刃物から身を護ってもらうつもりよ。ジルドの強度なら、そこらで売っている刃物なんか通さないだろうし」
「……どうしてもやるつもりっスか?」
 恨みでも籠もっていそうな視線をフランチェスカに向けながら問いかける。
 フランチェスカはその視線を真正面から受け止め、はっきりと頷いた。この分だと、意志を削ぐことも出来なければ、意志を曲げさせることも出来ないだろう。何一つフランチェスカの思考を理解できていないソーマだったが、それだけは理解できた。
「……一つだけ、お願いがあります」
――何?」
「絶対に、絶対に死なないで下さい」
「元より死ぬつもりなんて無いわ。生きて当日を終えなければ、全て無意味なのよ」
「……そう、スか」
 渋々といった様子で頷き、ソーマは沈黙した。
 それを肯定ととったフランチェスカは、今後の細かい予定について紙に何かを書き連ね始める。
 はっきり言うと、納得したわけではない。納得など出来るはずも無い。死ぬつもりは無い、ジルドが護る、けれどどれをとってもフランチェスカの安全を確かにするものではない。
 フランチェスカが上げたそれらはあくまで可能性であり、確実なものではないのだ。何処かに――いや、もしかすると全てに、フランチェスカの言う計画自体に綻びが生じているかもしれない。
 ソーマの心配事が消えるものは何一つ無かった。
 フランチェスカの身を重度に心配するソーマだが、別に自分が大切だからという理由ではない。
 魅魔として絵画に憑いていた頃、唯一自分の話を最後まで全て聞いてくれたのがフランチェスカだった。
 ソーマは創作者の手を離れてから、話し声が聞こえないことに寂しさを感じていた。創作者の手元に居る間は、常に創作者らの楽しげな、幸せそうな会話が聞こえていた。訳あってソーマは生まれた当初、創作者のことを嫌っていたところがあったのだが、それでも会話が聞こえてくるということに幸福を感じていた。
 しかし、創作者から離れた以降、会話が聞こえてくるところに飾られることはなかった。常に薄暗いところに置かれ、明るく賑やかな表に飾られることは一切無かった。
 話し声を聞きたい、できれば会話もしてみたい。その一身でソーマは人間の精神へ入り込む術を手に入れた。それが人間に憑くという行為だったのは後で知った。
 だが、いざ人間に憑いて話しかけてみても、自分と会話をしてくれるものは居なかった。普段良く知る人とまるで別人のようになった人に対して、会話を楽しんでくれる人は誰一人居なかった。
 その寂しさを払拭してくれたのがフランチェスカだった。創作者に持っていた誤解を解いてくれたのがフランチェスカという女性だったのだ。
 それ以来ソーマはフランチェスカに対し、忠誠とは違う特別な感情を持っていた。それは人間で言うならば愛情というものなのかもしれない。
 ソーマ本人はそのことに気づいていなかったが、何か特別な思いを持っていることは自覚していた。自覚しているからこそ、大切な人を失いたくはなかった。大切な人を失う気持ちは、もう二度と味わいたくないのだ。
 だからソーマは納得していない。フランチェスカが自らを危険に晒すことを。

 紙に細かいことを書き連ね終わったフランチェスカは、ソーマとジルドにそれぞれ手渡した。
 その紙には、当日までにすること、当日どこに待機をしていればいいかなどが書かれていた。
 ソーマはざっと読んでみたが、妙に細かいところ意外は、殆ど大雑把だった。やはり今はまだ八方塞に近いらしい。
 半ば流し読みに近い状態で読んでいると、最後の一文に目がついた。そこには、他言無用、と他のよりも一回りほど大きい字で書かれてある。
「姐さん。この他言無用、ってなんすか?」
「そのままの意味よ。これは依頼主を含めた全てのものに話さないこと。犬にも話さないで」
「いや、流石に犬には話しかけたりはしないっスよ……でも、依頼人に話さないのは何で?」
「情報はどこから漏れるか分からないわ。そしてそれが原因で、滅多刺しの確率が低くなるのは困るもの。私が考えている計画で、一番厄介なのは情報漏洩よ」
「じょーほーろーえー……よく分かんないっすけど、とりあえず、味方全て欺くってことっすか?」
「そう思ってくれて構わないわ。私もまだ全てを貴方たちに話したわけではないし」
 ここにきてまで、フランチェスカは未だに話していないことがあるらしい。ソーマは思わず、呆れとも感嘆ともつかぬ溜め息を漏らした。
 信用されているのかどうかは分からないが、情報が漏れるということを頑なに避けていることは分かった。情報が漏れるのが嫌なら重要なことは誰にも話さなければいい、そうフランチェスカは考えているのだろう。 ならば主に仕える者として、それ以上深く聞かなければいい。そう考え、ソーマは紙に書かれたことを全て暗記すべく集中して読み始めた。
 ジルドも黙々と読み、内容を全て記憶しようとしている姿が窺えた。窺えるのだが、如何せん表情が全く無いため、本当に覚えようとしているのか、ソーマから見て判断に困るところではあった。
 ソーマのやるべきことは二つ。
 一つは依頼主からの質問は全てソーマが答えること。
 フランチェスカ自身が答えないことについては気になるところだが、ジルドよりはかなりまともな回答をするだろう。
 フランチェスカもそう判断して、ソーマに全てを任せたのかもしれない。そう考えると、ソーマはフランチェスカの期待に応えるべきだと判断した。ここでフランチェスカを落胆させるようなことはしたくない。
 二つ目はパーティーの当日、娘を護ること。
 仮に本物の首飾りをフランチェスカが着けていたとしても、それで娘の危険が皆無になったわけではない。少なからずの可能性でも危険があると判断できるのであれば、依頼を受けた者としては護るのが筋だ。その上、危険に晒される原因が依頼を受けた方の我が儘なのだから、かすり傷をつけるなどいった事態があってはならない。
 本音を言えば自分もフランチェスカを護りたかったが、魅魔としての力と実体の慣れ方を考えてもジルドの方が理に適っている。滅多刺しということは、刃物が出てくるということだ。刃物と火と水が苦手なソーマにとって、前線に出てフランチェスカを護るということ自体が重荷でしかなかった。
 大変悔しいが、自分のエゴでフランチェスカを危険に晒すなどということは、ソーマの中ではもってのほかだった。
 自分の役目を覚えたソーマは、紙をフランチェスカに渡した。
 他の誰にも知られてはならないのだとしたら、予定が書かれた紙が外部に漏れるのもいいことではないだろう。そう判断しての行動だった。
 ジルドも全てを覚えたらしく、紙をフランチェスカに渡そうとした。しかし、フランチェスカの手に渡る前に、横から伸びた手に紙を奪われてしまった。驚くこともなければ、咎める言葉を発すことなく、紙を奪った人物――ソーマを見やった。
 ソーマはそんな視線を一切無視して、ジルドが持っていた紙を読み耽る。だが、最初の数行を読み終えたところで、フランチェスカに紙を回収されてしまった。
 どうやらフランチェスカはお互いの行動をも教える気はないらしい。徹底して情報漏洩を防いでいるようだった。
 フランチェスカがここまで頑なに秘密を突き通すのであれば、これ以上逆らうのは止めた方がいいかもしれない、とソーマは考えた。
 下手にフランチェスカの機嫌を損ねれば、今すぐ店に帰らされるか自分に与えられた仕事を全て取り上げられるかもしれない。それだけは回避したかった。
 絵画の業を果たせない今となっては、自分の業を満たせるのは主であるフランチェスカの役に立つことだ。役に立たなければ、自分の存在理由は無い。わざわざ自分から存在理由アイデンティティーを奪うのは如何なものだろうか。
 ここは大人しくしているに限る。ソーマは反射的に取り返そうとしていた手を大人しく引っ込めると、今まで座っていたベッドに座り直した。
「これから当日まで、絶対にぼろを出さないで。下手に勘付かれたり、情報が漏れると後々面倒なことになるから」
「分かってます、姐さん」
「……分かった」
 二体の魅魔が頷くのを見て、フランチェスカも頷いたのだった。
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