呪われた首飾り
大体の作戦を決め、各々の当日の動きを確認したのが二日前。
確認し終わってから二日間、ジルドとソーマの二人は暇であった。ジルドの方は全く分からないのだが、宛がわれた部屋に閉じこもっているから暇なのだろう。
前日、ジルドが何をして暇を潰しているのか気になったソーマは様子を見に行ったところ、ジルドはフランチェスカからもらったのであろう紙束に、何かを描き込んでいた。
絵画の魅魔たるもの何を描いているのか気になり、邪魔にならない程度に後ろから覗き込んだ。紙束には壷か花瓶かが色々な形で描かれており、ジルドの周辺にも同じようなものが描かれた紙が散らばっていた。
壷か花瓶かは素描で描かれており、大体の形を決めている様子だった。
なぜ大量に壷か花瓶を描いているのか気になり、目の前に居た本人にではなく、一息入れていたフランチェスカのところへわざわざ尋ねに行った。そして訳を尋ねると、どうやらジルドは自分の存在理由を壷を作ることで探しているようだった。
ソーマらの魅魔とは少々違う生まれ方をしたジルドは、自分が憑いている壷の存在理由が分からないようだった。その存在理由を見つけるため、暇なときに素描をしてある程度描き溜めては、家で壷を焼くそうなのだ。
完成した壷は殆ど手元には置いておかず、気に入ったもの以外は全て売りに出しているらしい。家の倉庫に溜まりゆくジルドの作品を見たフランチェスカが、倉庫に眠らせておくよりは必要とする人間の手元に渡った方がいい、と進言したそうだ。
実際その方が、作られた壷たちも本望であろう。特に異論反論の無かったジルドはあっさりと壷を手放し、売った金で窯を広げたり、フランチェスカに渡したりしていた。
理性ある者、存在理由がないと生きてはいけないわ、そう言うフランチェスカにソーマは感心した。フランチェスカの言う言葉に感心したのではなく、ジルドにも何かを悩むという感情があることに感心していたのだが、フランチェスカの知る由ではなかった。
ジルドの暇潰し方法を知ったソーマは満足そうな表情をすると、わざわざ自分の質問に答えてくれたフランチェスカに礼を言い、ソーマの暇潰し
――娘、マリレーナの部屋の扉に彫られた彫刻を描き写す作業に戻った。
元々、金持ちとの会話は合わないと自覚しているため、話しかけられない限り自分から話しかけようとはしなかった。そして、話し好きよりも、絵画の業の方が強かった。
魅魔の二人が各々に暇潰しをしている間、フランチェスカは当日の流れなどについて、依頼主たちと話していた。未だ細かいことは決まっていないのだが、大まかな流れくらいは話した方がいいと判断してのことだ。
当日、マリレーナをどこに居させるか、警備の人数、フランチェスカが連れてきた男二人の配置場所など、細かいところを決めていなくても決められることを話し合った。
そして一番揉めたのが、首飾りをどうするか、であった。
フランチェスカが着けると決めてはいたのだが、実際、依頼主の娘でもなんでもないフランチェスカが同じものを着けるのは酷く不自然だった。
初めはフランチェスカを依頼主の娘と偽り、本当の娘を親戚の娘として紹介する予定であった。しかし、誕生日パーティーで招いた客の中には、本当の娘を知っている者が何人か居るのである。そのことを依頼主は失念していた。
その娘のことを知っているのが、依頼主にフランチェスカのことを話した昔馴染みだけならば説明するのは簡単なのだが、その昔馴染み以外にも娘のことを知っているのが数人いたのだ。
悩みに悩みぬいた結果、フランチェスカが部屋へ戻り、ジルドが初めに持ってきていた大きな箱の一つを持って依頼主の元へ戻ってきた。箱を開けると中には、大小さまざまなルビーがちりばめられた首飾りが柔らかな布の中に納められていた。
細かい燻し銀細工の中にちりばめられているルビーは、まるで闇に浮かぶ星星のようであった。ルビーを光に当てると、燻し銀も微かに赤く染まり、闇から夕闇へと変化する。その美しさに主は見惚れていた。
「……これは?」
「これはポワズが若年の頃に創った首飾りです。習作な上にポワズが表に出すことが無かったので、殆ど知られておりません。御息女様にはこちらを着けさせて下さい」
「本物なのか?」
「ええ、本物です。ポワズが作ったデザインブックに描かれていますから。この首飾りは
クレプスキュールと言います。使い慣れている言葉ではないので、発音はあまり良くないですが……」
「ちゃんと聞き取れたから平気だ。首飾りのことを聞かれた場合、これはクレプスキュールというポワズの習作だと言えば大丈夫だろうか?」
「それで大丈夫でしょう。元々、ポワズはブローチを専門に作っていたので、首飾り自体は殆ど存在しません。ポワズは自分が満足いく出来の物以外は殆どを壊してしまっているので」
「……何と勿体無い」
「他の方が聞けば、勿体無いと思うでしょう。ですがポワズは創る者としてのプライドと誇りを持っていました。自分の
名前をつける以上は、やはり完成した品だけを世に出したかったのかもしれません」
「そうか……しかし、残念だな」
依頼主はそれは本当に悔しそうな表情で、残念だと呟き続ける。余程、ポワズの「作品」を気に入っているのか、「ネームバリュー」を気に入っているのか、その呟きだけでは判断はつかなかった。
フランチェスカはその呟きを無視し、首飾りについての説明をした。
「貴方が御息女様に贈ったのはこのクレプスキュールだということにしておいて下さい。本来の首飾りは私が着けます。そして、御息女様のことを知らない客人には、『私』を娘だということにしておいて下さいませんか?」
「……貴女を
――私の娘に?」
驚きで目を丸くする依頼主に、フランチェスカははっきりと頷いた。その瞳には、強い意志が宿っている。
「御息女様の安全を守るためには、それが一番良いのです。あまり言いたくはありませんが、今回起こる呪いは人為的なものでおこる可能性が高い。ですから、余計な危険は排除したいのです」
「しかし、もし娘のことを知っている者と知らない者とが話して違っていることに気づいたら
――?」
「でしたら、私を姉だと言ってくださいませんか? 私を『姉』のマリアンヌ、ご息女様は私の妹だと。御息女様には私から説明しておきます」
「……だが……それでもやはり不自然じゃ
――」
「私は今まで療病のため遠方に行っていたとでも言っておけば平気でしょう。それ以上深く尋ねてくるようならば、もし話していることをあの子が聞いたりでもしたら、闘病のことを思い出してまた臥せってしまうかもしれない、という感じで。とにかく、御息女様が一人娘だと知られると都合が悪いのです」
やや語気の強い口調で言われてしまい、依頼主は頷いてしまった。
依頼主が頷いたことを確認したフランチェスカは、手元に置いておいた紙に当日の流れを書いて渡した。
全てを記憶したら返して下さい、と言うフランチェスカに依頼主は疑問を持ちつつも、紙に目を何度も通す。
不安が無いわけではないのだが、何か考えあってのことだろうと判断した。フランチェスカが娘のことにとても気を使っているのを、依頼主も感じ取っていたからだ。
話し合いが終わり、細かいことは翌日決めることになった。
紙をフランチェスカに返した依頼主は、誕生パーティー当日、会場となる別館へ向かった。応接間を出て行く依頼主を見送ると、フランチェスカも席を立ち軽く伸びをした。
貴族相手が多い商売なのだが、どうもフランチェスカは貴族と相手をするのが好きではなかった。余計な気疲れを起こすのが主な理由で、機嫌を伺うという行為自体が面倒に感じている。
だが、それを言って仕事を断れば、仕事量は激減するだろう。何より、コンチェ一族と名乗る以上は仕事をやらないというわけにはいかない。
創作者のそれと同じく一族のプライドと誇りを持っているフランチェスカは、嫌な顔をせず依頼をこなしていた。しかし、心の内にある大きな『矛盾』には目を逸らしていたのだった。
娘の部屋の扉を描き写すのに少々疲れたソーマは、向かいの壁に両足を投げ出しながら凭れ掛かっていた。
紙一枚では到底扉の全てを移すことが出来ないので、ソーマの周囲には描き写し終えた紙が散乱している。紙の裏には一枚の絵にするときに分かりやすいよう、数字とアルファベットが書いてあった。
首や肩を回して筋肉の凝りを解しているが、視線はずっと扉に向かっていた。
その視線は図らずも監視をしている状態にあるせいか、娘は一度も部屋からは出てきていない。見知らぬ男が扉の前に張り付き陣取っていては、出られるはずも無いだろう。
しかし、それを指摘する者も居らず、描き写すことに夢中になっていたソーマは到底気が付きもしなかった。実体は得ているが、元が魅魔であるためトイレに行く必要も食事を取る必要も無い。文字通り、ソーマは一日中扉に張り付いていた。
――この依頼が終わるまでに、全てを写すことが出来るだろうか……
ふと、そんな不安に駆られ、ピッチを上げるべきかと悩んでいたとき、遠くから聞き馴染みのある足音が聞こえた。嬉しさを顔中に浮かべながら、視線を扉から足音のほうへ向ける。
廊下の角から見えたソーマの主は、いつもと同じ無表情で向かってきていた。
部屋の前に着き、まず、廊下に散乱する紙へ視線を向け眉尻を小さく動かした。慌てて片付けるソーマに背を向けてノックをすると、直ぐに扉が開き柔和な表情の娘が顔を出す。
そして視線をソーマへ向けると、あからさまに顔をしかめた。余程、ソーマの存在が疎ましいようだ。
口を開きフランチェスカにも聞こえぬほどの小声で何かを呟くと、すぐに先ほどの柔和な表情に戻った。
フランチェスカのことを待ち焦がれていたらしく、遠慮気味にフランチェスカの右手をその小さな両手で包み込みながらも、力強い引きで中へ招き入れようとする。
その態度に何かを感じ取ったのか、フランチェスカは一度背後へ視線を向けた後、部屋の中へ入っていった。
前回、初めて娘とリトアに会ったときに使用したテーブルの上には、既にティーカップが二客用意されていた。カップの中には今しがた入れたのであろう、茶色の液体が暖かそうに湯気を上らせている。カップの隣には何時手に入れたのかは分からないが、茶菓子が用意してあった。
娘に席へ案内されるがままにフランチェスカが座ると、その向かいに娘がちょこんと座った。
娘の様子を見ると、その娘はマリレーナではなく、魅魔のリトア・ポワズのようだった。
「あなたが居るということは、結論が出たと考えていいのかしら?」
「はい、お姉さま。お待たせしてしまって、申し訳ありませんわ。でも、その前に、お一つよろしいかしら?」
「大体分かるけど、何かしら?」
予想はついているが、念のために尋ねる。
するとリトアは柔和な表情から一転、思い切り顔をしかめた。その表情からかなりの怒りを窺い知ることが出来る。